夏の北海道から秋の北東北を旅してきた

 142日間の記録です
 
  もう1年以上も前のことになってて驚きです
 
 
 
 
 
 
91/142日目(その3)
 
 
 
 
 
 
 
大阪を出発して91日め
原付を積んだ軽バンで
離島を含め北海道全域を走り
74日目から北東北、主に青森を徘徊
今は津軽藩ねぷた村を見学しました
 








ねぷた村から20分ほど移動して田舎館村です。




🚙DASH!DASH!






明治時代、町村制施行から現在まで合併等も何度かありましたがずっと田舎館村の名称が使われ続けています。
高度成長とか近代化都市化とかの時代には、この村名はイジられただろーなと想像します。

青森県でも人口減少率がけっこう上位のこの村が観光客を呼ぶための施策のひとつが田んぼアートです。







田舎館村田んぼアート


色が異なる何種類もの稲を組み合わせて作る田んぼアートはここ田舎館が発祥だそうです。
会場は2つあって、わしが行った時はこんな感じだったらしいです。

北里柴三郎はこの時期はもうだいぶ稲が刈られてるそうだし尚且つ出来もイマイチだったそうだし、下のはなんか知らないアニメが元なんでこれもそれほど見たくはありません。




で、これを見るためだけに有料の展望台みたいのに登る必要があって、2箇所だと300円×2も要るとか。


ちょっとそれは払えないし、雨も降ってきたのでやめときました。







  田舎館村埋蔵文化財センター






この旅では世界遺産ともあってこれまで(これからも)縄文の遺跡をたくさん見てきましたが、ここは弥生時代の遺跡です。






わしが学生のころの歴史の教科書では稲作は弥生時代に大陸から伝わり、温かい九州だ畿内だを中心に行われて来たと書かれていたはずですが。

今の通説では稲作は縄文末期には行われていたとされるし、ここ青森の田舎館村に水田跡が発見されてこんな極寒の地にまで稲作が行われていたことが証明されました。

その、発見された(保護処理済みの)水田跡です。






足跡も残ってます。






同一人物と思われる歩行経路です。







大人の足跡や子どもの足跡まで残っています。








洪水で一気に土砂が堆積して保存されたそうですが、当時そこで暮らしていた光景が生々しく思い浮かびますよね。







その人たち、こんな絵も描いてはりました。






鶴亀?や棒人間、カワイイです。






縄文だけやのうて弥生もジューブンかわいいやんかいさ。






顔がつくと魂が宿る的なカンジがあるよね。






縄文と違う珍しい弥生の展示がたくさんあって、入館料の300円(現金)は安いぐらいに感じました。






サイズまで規格化されとるやん。







お触りもOK。










縄文には戦はなくて弥生からこーゆーのが激増したと言われてるが、さてどうなのか。






弥生の出土品、楽しかったです。
満足しました。







続きます。