おはようございます。

仕事で倉敷まできて、せっかくなので少し遊んで帰ろうと思ったんだけど。

やはりこの、あくまでもこれは、「ついでの旅」とゆーことなので、自宅からさらに遠くへ行くとゆーのが気が引けて家に帰りつつ寄り道するとゆースタイルを取りたい。



  旧野﨑家住宅




製塩と新田開発で財を成した豪商野﨑武左衛の住宅。






入場料は500円(JAF割400円)。






ガイドさんがきっちりしっかりガイドをしてくれた。





明治の頃の電灯。

自費で火力発電してたそうな。





ココは表書院と呼ばれる建物。




玄関前に籠を横付けするスペースがあって、殿様はじめ要人が泊まられたそうな。




豪商ゆーても商人の家になあ。






もっとも庄屋格から庄屋へ身分が上がったところで名字帯刀を許されて、まあ武士になるらしーけど。






金箔貼ったり。




お召し物とか。




掛け軸とか。




水琴窟とか。




茶室は3つあった。




茶室の凝った天井とか。

・・・侘び寂びとちゃうん?




どれもカネかけて名人の作だったり、京都にある実際のものと同じものを(同じ作者が)コピーしてたりするらしい。



今度は主屋。
野﨑家の実生活の場。
座敷が九つ、ぶち抜き42mにも及ぶ。




硝子窓。
手作りなので波打っている。




敷地に神社があったり。





横に回り込んで、裏山に石垣。
きれいに菱形に組まれてるなあ。




一箇所、末広がりの扇形。
発注者?設計者?職人? の遊び心。




ガイドのおっちゃんはすごく時間をかけて話をしてくれる。
でも後続のグループが追いついてきてココからおっちゃんに巻きが入る。
でも客の高齢者たちは気にせずにノロノロやいのやいのと進んでいくよ。





この辺から従業員のエリアになってく。




台所兼従業員食堂。



洒落た道具だったり。




昔ばあちゃんの家で見たことあるような道具だったり。





ほんでこの野﨑家さんは使用人に経営に関する裁量権を多く与えるなどして経営者側の視点でものが見えるようにしたり。





この家もそうだけど、経済を回すために人に仕事を与え続けたり、寄付とかも相当やってたらしい。





江戸の給金でなく上方の影響で給銀。
現代との比較がわからんけど浜子歌からして好待遇のいい企業だったんでしょう。
ウラヤマ。





続きます。