沖澤のどか指揮
京都市交響楽団;第710回定期演奏会(1日目)
2025年3月の英雄の生涯に続くRichard Strauss の交響詩プログラム - モダンオケの定番曲ドン・ファンと家庭交響曲に矢代秋雄のチェロコンチェルトを挟むプログラミング。これは東京サントリーホール公演を見据えたものだろう。リヒャルト両作品については「悲劇」と「喜劇」風味の作品を対置していると言える。また作曲当時の女性観というのもある種のテーマかもしれない。
世間の大好評とは異なって英雄の生涯にあまり感銘を受けなかった私であるが、一応反省だったので今回は舞台に近い位置に席を取った。彼女の指揮を後ろから見るといういつもと違う風景は新鮮であるとともに、彼女に対する様々な印象を想起させるところにはなった。
まず一曲目のドン・ファン、難儀な冒頭からアンサンブルは整い、また弦の艶感は悪くない。この楽団のストリングスが最も良い状態なのは会田コンマスの時だと感じていたが、登板の数少ない豊嶋名人の際も鳴りが良い。なお松本でもこの指揮コンマスラインでドンファンとブラームスをやっている(録音されたもの)。ただしこのオケに求める表現力という点で、また現代のオケシーンにおけるにおける定番曲ということも加味すればまあ悪くはないという全体評に留まる印象。解像度が好調時のようには高くなく、大編成の有機性との点では英雄の生涯と似た課題を覚える。コーダもコントラストに欠けるか。
数日後に行われた東京公演においてもあまり評判が高い風ではなかった。演奏会の1曲目には輪をかけて難曲だろうとは思われる。
チェロコンチェルトについては誠に渋い味わいで京都にぴったりな印象だ。独奏とFl.の対話などまさしく雅楽の世界観だが、リヒャルトに挟むには少し面食らうほど温度差がある。
休憩後の家庭交響曲もこのために予習してきたくらいには知らない曲で、日本でもリヒャルトのファンでなければよく聴くという作品ではないだろう。第一部で主題が呈示され、以降それを発展させる形で家庭の有りようやその"幸福"が描写される。個人的に耳馴染んだ作品でないというのはあるが、テンポのもたつきなど少し焦点の定まらない感のあった英雄の生涯よりは骨組みが良く、また第三部での"興"のムードが強い自在な弦の(後期ロマン派にぴったりの)爛熟な歌いまわしやドライブ感はこのコンビの成熟を感じるとともに満足度も幸福感も非常に強い。沖澤のバトンと言えば今回も「真面目だがカタい」印象を持つのだが、そこからの止揚の片鱗が伺えたかもしれない。何より関西人の(ともすれば浪速方面よりも)ノリの良いオケでこういう事が出来れば、さらに飛躍を遂げうるだろう。そのためには小編成によるオケを「鍛える」ためのプログラムもシェフでこなしていく必要があろうとも思われる。