いったいどうして土下座しているの「高山彦九郎」
京都三条大橋の像。両手をついている姿から、地元の方には「土下座像」として待ち合わせ場所に使われています。
でもいったい彼はなんで土下座をして謝っているの真相に迫ります。
若いカップルの憩いの場所・鴨川
四条大橋から三条大橋にかけては、京都の若いカップルが転々と座っていることで知られています。
地元の方にとっては鴨川の川辺は「青春の場所」です。天気が良い日中はカップルだけでなく、ひなたぼっこする方も多いです。
三条大橋の擬宝珠
そんな穏やかな風景の広がる鴨川から三条大橋をのぼって、駅の方向へ歩いて行きますと青銅擬宝珠(ぎぼし、ぎぼうじゅ)が美しいです。
この擬宝珠の一部は豊臣秀吉が作ったものなんだそうです。
なお幕末の池田屋騒動でつけられた刀傷のある擬宝珠もあるのです。
駅前の像は高山彦九郎先生
あります。駅前に土下座をしている男性の像が、でも実はこの方、土下座をして謝っているわけではないのです。
これは高山彦九郎の「拝礼」を表している銅像です。
御所の方角に向かって拝礼している姿
高山彦九郎は、江戸時代の尊王思想家です。各地を遊歴して勤皇論を説き、吉田松陰など幕末の志士に影響を与えました。
彼は三条に足を運ぶ度に御所の方角に向かって膝をついて拝礼していたため、その姿が銅像になったのでした。
実は二代目の銅像
この像は実は二代目です。最初の像は1928年に作られましたが、世界大戦時の1944年に金属回収令によって供出されてしまったため、戦後に改めて建てなおされたのです。
2012年に何者かによって白ペンキがかけられるという災難に遭いましたが、高山先生は現在も毎日御所に向かって拝礼しています。
弥二さん喜多さんの旅のゴール
三条大橋は、土下座像改め拝礼像や欄干の刀傷の他にも、こんな見どころがあります。
拝礼像の反対側、橋の西にある弥次喜多像です。弥二さん喜多さんの旅は三条がゴールだからなんです。
撫で石を撫でて、旅の安全祈願
彼らの足下には「撫で石」と呼ばれる、旅の安全祈願のための石が置かれています。
珍スポット探訪を趣味とする旅好きの皆さんはぜひこの石を撫でて、道中の安全を祈ってみましょう。