宝塚大劇場から徒歩15分の自宅でパン教室をしている柳瀬美仁です。
ごそごそ書類を整理していたら、なんと古い戸籍謄本(?)が出てきた。
ちょっと面白いなと思って、それをもとに家系図を書いてみた。
それによると柳瀬の歴史は1890年に没した吉三郎の次男、彌一郎からはじまるみたい。
彼はなかなかの人物だったようで、今も父の生家近くには彼を記念した石碑がいくつも見られる。
彌一郎が治めた頃の柳瀬は、広大な田畑と多くの小作人を有し、塩問屋としてもとても栄えていた。
父はこの彌一郎ひい爺さんに随分かわいがられたらしい。
なんとこの彌一郎、89歳で没している。
その妻も87歳まで長生きしている。
当時にしてなんと長寿な!
その彌一郎とその妻は一男二女をもうけた。
加えてなぜか1人養女もいる。
長男(私の曽祖父)とその妻は、なんと五男六女をもうけている。
ただ、五男のうち3人は当歳、1歳、5歳で亡くなり、1人は23歳でマリヤナ島で戦死している。
それに対して六女は、1人が当歳で亡くなっているが、5人は成長して他家に嫁している。
男子でたった1人残った長男(私の祖父)は、最初の妻との間に一男二女をもうけた。
ただ彼女は3人目の女子を産んで数日後に25歳で亡くなっている。
因みにその女子も翌年当歳で亡くなった。
もっと因みに、長男も27歳で交通事故で没している。
だけど長女は育ちあがって他家へ嫁し、90歳を超える長寿を全うした。
祖父はその後、後妻(私の祖母)を迎え一男四女をもうけた。
四女のうち1人は当歳で亡くなったけれど、3人は育ちあがり他家へ嫁した(1人は出戻った)。
私の祖父母の間に生まれたたった1人の男子、長男が私の父です。
父と母は三女をもうけ、その長女が私ってわけです。
すでに妹2人は他家に出てしまい、父は57歳で没してしまったので、今残っている「柳瀬」は母と私だけ。
柳瀬の血筋を引く柳瀬は私だけってことになりました。
彌一郎から始まった柳瀬は、5代目の私でお終いです。
なんか感慨深いなあ。
見つかった戸籍と、仏壇においてある過去帳を改めてみながら、いろんな事を考えました。
何を考えたかは、内緒です(笑)。
なかなか面白い作業でした。
今度は母方もやってみようかな?
本文とはなーんの関係もない、昨日食べたお菓子。
