友人が死んだ。
と言っても中学時代の友人である。卒業してから会ったのは成人式後の同窓会くらいのもので、それ以外には顔を合わせるどころかメールのやり取りすらなかった。
そんな友人が死んだと知ったのは、土曜日の朝のことだった。
はてさて人の死という話題を日記にすべきかと言う倫理観が心の中に渦巻いているのだが、今はとにかく自分の気持ちの整理を付けるためにも文章にしておきたい所存だ。
そもそもぼくには自信を持って友達と呼べる相手が少ない。というのも「自分はこの人と友達でありたいけど、この人は自分を友達と思っていないんじゃないだろうか」という思春期の思考が未だに抜け切らないせいである。おかげで仲良くしていてくれていた人にも、卒業などの契機を境にさっぱり連絡を取らなくなることがほとんどだ。
なにぶん怖いのだ。自分が友人だと思っていた人間が、実は嫌々ながら相手をしていたのではなかろうかと、馴れ馴れしくされるのを迷惑に思っていたのではなかろうかと。そんな考えが一度頭を過ぎると自分の過去の行いがひどく恥ずかしく感じられ、もうその人にそれまでと同じように接することができなくなる。
なんとも自分勝手な自己保身だと、我が事ながら呆れを通り越して憤りすら覚える。
しかしそんな自分にも長い間付き合ってくれている友人が存在する。今回の件をぼくに伝えてくれたのはそんな彼であった。
彼からラインが届いたのは土曜日の朝、出勤してパソコンを起動した頃である。いつものように競馬の予想かと思いながら開くと、そこにはただ「中学の同級生の○○って覚えてる?」と簡素な一文だけがあった。
どうにも嫌な予感がする。だけどきっと気のせいだろうと言い聞かせ、「覚えてるよ!」とあえてエクスクラメーションマークを付けてみせた。なんでもない思い出話か、それか偶然会ったんだなどという雑談に発展することを願って。
でも彼から返ってきたのは一枚の画像だけだった。朝刊の訃報欄。そこに先程と同じ名前があった。名前も、年齢も、住所……は細かい事までは覚えていないが、そのあたりに住んでいたことは間違いない。
通夜はその日の17時から。あまりにも突然すぎた。
どうにか他人の可能性は無いものかと、教えてくれた彼とあれこれ情報を突き合わせた。だけどそうすればそうするほどに確定されていく。間違いない、亡くなったのは彼だと、知らせを受けた30分後には認めざるを得ない状況になっていた。
腹の底に重いものを感じると同時、亡くなった彼との思い出が蓋を開いたように一気に思い出されてきた。
前述した通り、ぼくは友達と呼べる人間が少ない。だけど亡くなったあいつは、少なくともぼくは友達だと呼びたい人間だった。
もともとは中学のバレー部の同級生。ぼくがアタッカーで、あいつがセッター。あの年代は比較的強くて、地区で2つしかない枠に入って県大会にも出た。
だけど最初はそれだけ。2年生までは特筆して仲が良いという訳ではなかったと思う。でも3年生になると同じクラスになって、意外とゲームが好きだということを知った。それ以来卒業までほぼ一緒につるんであれこれしていた。
メタルギアが好きで3をやっているところを見せてもらった。エアガンで一緒に学校の木や公園のスズメを狙って撃った。お母さんがすごく元気な人で、大会の時に太鼓を持ってきて叩いていた。マザコンだと言ってからかった。1000円分のテレホンカードを貸したら全部使われた。部活の練習で学校外の体育館を借りた時、小さい甥っ子を連れた一回り上のお姉さんが迎えに来ていた。
そんなことを思い返すと居ても立ってもいられなくなった。急いで上司に半休の申請を出し、午後から地元に向かうことにした。連絡をくれた彼は首都圏在住の為、代わりにあいさつだけしてきてくれと頼まれた。
しかし出発前に気付いたのだが、コロナのせいもあってか葬儀は家族葬。色々調べてみると、家族葬の場合は通夜であっても招待されない人間は出席しない方がいいという情報も。果たしてどうすればいいかわからず、別の葬儀屋に勤めている後輩にアドバイスをもらった。
「参列はできずとも、通夜が始まる前に香典とお焼香だけでもとお願いしてみてはどうか」。迷いも吹っ切れ、車を飛ばした。
道中は一人であることも働き、色んな考えが頭を巡った。今はどこに住んでいたのか。なんの仕事をしていたのか。結婚はしていたのか。どうして死んだのか。
最大限安全には注意しようとしたつもりだが、気持ちが逸ったためかいつもの3分の2の時間で実家に到着してしまった。
会場に向かうまで時間がある。所在なく家の中をウロウロしていると、中学時代の写真があった。県大会の集合写真。大会名やメンバーの名前も記入されている、額に入った立派なやつだ。
坊主頭の太ったぼくは、あいつと隣同士で並んでいた。そうだ、背番号は希望で決めたからポジションは関係なかったんだ。ぼくが2番で、あいつが1番。あいつはいつも通りの斜に構えた感じでカメラに向かっていた。
卒業アルバムを掘り出した。クラスの個人写真。行事の写真。そして最後に部活の集合写真。ここでも背番号1と2は隣同士だった。こちらは幾分か口角が上がっているようだった。よく見知った顔だ。
ふと思い立って2つの集合写真をスマホのカメラに収めると、段々と予定の時間が近付いてきた。意を決して斎場に向かう。大きな道路に面した、ぼくが地元を離れる頃にできた綺麗な斎場。存在はもちろん知っていたが、入ったのはこれが初めてだ。
葬儀のしきたりなどは付け焼き刃の知識しかないので、ビクビクしながら受付に香典を出した。「中へどうぞ」と言われるがままに入室すると、随分と印象の違う人間の写真が大きく飾られていた。さっきの集合写真とは似ても似つかない。
なんだ、やっぱり他人だったんじゃないか。なんとも恥ずかしい勘違いをしたものだ。そんな楽観思考が浮かんだ。だけど棺に近付いて中を覗くと、幾分か大人びてはいるが、眠っているのは間違いなくあいつだ。
死んでいた。
後で聞けば本当に突然で、いつも通り眠るとそのまま起きなかったらしい。
事実を呑み込めないまま焼香をあげた。せめてご家族の方に挨拶をと思って辺りを見回すと、いた。小さな体にパワフルさをいっぱいに詰め込んだ女性。記憶と比べて少し痩せたような気がするが、間違いなく奴のお母さんだ。
近付いて挨拶をすると他人行儀な挨拶を返された。それもそうだ、もう15年も会っていない。
改めて名乗らせてもらった。「中学でバレー部だった○○です」。もちろん結婚前の旧姓で名乗った。
すると言いきらないうち、「あー!!!!」と大きな声を上げて指さされた。久しぶり、元気だった、と記憶と全く変わらない朗らかな笑顔。あまりにいつも通りすぎてこちらの方が混乱してしまった。
急に申し訳ないと、お焼香だけしたので邪魔にならないよう帰りますと告げると、何を言ってるんだ通夜も参列していってと控え室に通された。
そこには親族であろう人達と離れて、10人くらいの集団が。その中に2つほど見慣れた顔を見つけた。
片方は小中の同級生。中学3年の時は一緒に合唱部に助っ人部員として参加した。もう片方は中学の同級生で、お父さんが前職の上司だった。と言っても本部の人だから直接の関係はほとんど無かったけれども。
ぼくと違って2人は高校も一緒だった。話を聞くと就職してからも頻繁に会っていたらしい。
他の方々はと聞くと、彼らは成人してからの友人らしく二人とも面識がなかった。お母さんの提案もあってお互いに自己紹介をすると、どうやら彼らはアイマス関連で知り合ったとのこと。その繋がりでライブや旅行など頻繁に遊ぶようになったと言われ、なんとなく自分の交友関係に重ね合わせた。
それにしてもアイマスPだったとは。昔はオタクじゃなかったのに。今更ながら親近感を覚えても遅いのだけれど。
皆で奴との思い出話をした。向こうが「カメラを向ければおどけていた」と言えば、こちらは「そんなことをする奴じゃなかった」と驚く。こちらが「学校帰りにエアガン片手に追いかけられた」と言うと「そんなにわんぱくだったとは」と泣きながら笑っていた。
通夜が始まるまでの30分、そして終わってからも小一時間ほど。途中から参加した同級生たちやお母さんお姉さんも加わり、時折笑いも混じえながら話していた。
だけどその間ぼくはと言うと、終始聞き役に回っていた。当然だ、ぼくだけは今の奴を知らない。ぼくにとっての奴は15年前の姿のままで止まっているんだ。大人になってから知り合った人たち、高校や社会人になっても交流のあった人達。その中でぼくだけが「昔の同級生」だった。10年越しの「久しぶり」が死に顔だったのだ。
一緒にいたのはたった3年間、それも仲良くしていたのは1年間だけ。それでも沢山の思い出があった。だけどそれを共有できる相手がいなくて、知らない話を聞いてはうんうんと頷くことしかできなかった。
その事実がどうしようもなくいたたまれなくなって、今日のうちに帰らなくちゃいけないからと言って席を立った。最後に眺めた死に顔は、やっぱり眠っているみたいだった。
帰り際、改めてお母さんと挨拶をした時のことが印象深い。
未だに信じられませんと伝えると、あんなに元気なお母さんが「本当にね。私達もこれから実感していくのかな…」と寂しそうな顔をした。子供に先立たれる気持ちがどれほどのものかと自分に置き換えて考えると、息子の友人たちの前で気丈に振舞っているお母さんには頭が上がらなかった。
帰りの車内では、やっぱり全部が夢なんじゃないかとまだ考えていた。
奴の死に顔を見て2日が経つ。だけど未だに整理がつかなくて、まだ涙も流せていない。お母さんが言ったように、これからゆっくりと実感していくのだろうか。いずれ東京の彼と一緒に線香をあげに行きたいと思う。
答え合わせができていないままの思い出たちは、まだ胸の中に燻り続けている。問いかけるべき相手はもう骨になってしまった。はてさて、奴の持っていたエアガンはデザートイーグルだったか。グロック19はぼくだったはずだ。いずれ向こうで会ったときに教えてもらうことにしよう。おわり。