次男、中学を卒業しました | 半世紀ちょい生きてきた

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誹謗中傷は精神衛生に悪いのでご勘弁を。
「自分の気持ちに正直に」をモットーに、思いついたこと、好きなこと、子どものこと、病気のこと、これまでの人生についてなど、硬軟織り交ぜて徒然と書いています。

中学の卒業式に夫婦で参加してきました。






私は6時過ぎに起きて、髪をまとめ、着物を着ました👘

所要1時間半。まぁヨシとします。




絵羽の羽織とストールも準備していたのに、着付けしていて暑くなり、車で行ったこともあり、すっかり忘れてしまいました。



空は曇天。10時頃には暖かくなると高をくくっていたのですが…


とにかく風が強くて寒い寒い🥶




トイレに🚽駆け込む者が続出。

校長や来賓が話していても尿意は待ってくれない。わかります、わかります。


でも「尿意待ったなし族」が出入りするたびに、私の席には強風が容赦なく吹き込む🥶





一人一人が順番に、ベルトコンベア式に壇上にあがり、校長から手渡しで卒業証書を貰うスタイル。






そして、クラスごとの記念写真にも時間を取られ…。


(実際には保護者も一緒に写るスタイルだったため、トイレ列並び組を待っての撮影だった)


映画「国宝」よりも長く式は続きましたが、私は完全に水断ちしていたのでなんとか堪えられましたw




次男は両親が席にいるかを目視確認すると、一瞥もくれず通り過ぎる。

まともに写真を撮らせてくれない💦



式典終了後も友達とのわちゃわちゃが最優先で、一緒に写真を撮ってくれない。








寒さと尿意もそろそろ限界を迎え、キリがないので学校を後に。



とりあえず「卒業式」の看板だけ、はいチーズw



まぁ連絡進学に通過したので、この門を更に3年通るんですけどねw





東日本大震災の年に生まれた次男。

発生時は里帰り出産でまだ東三河に居て、ベッドの上でまだグニャグニャしてた次男に乳をあげていました。



ベローンと乳を出したまま、ぐわ〜んと酷い眩暈😵‍💫…吐きそう…と思ったら、

シーリングライトの紐が揺れていて、大きな地震だと気づき戦慄しました。



単身赴任で神奈川の職場に居た夫は無事と分かるも、じきに回線集中で連絡が取れなくなり不安でした。

(折りたたみパイプ椅子を数個並べて、その上で仮眠をとって一夜を明かしたそうです)



コロナで行動制限を受け、その後は嫌がらせを受け不登校。

心を壊して児童精神科医に辿り着きWISKを受け、薦められるまま半年の短期決戦で中学受験。

大雨の入学式ではヒヤヒヤ見守る中、書きあげた誓詞を天候部分などアドリブで合わせながら読み上げ、

感動しながら安堵していると、夏休み明けにぶり返す不登校。

担任の先生のお心遣いで、週1定時後に学校に行き工作をすることから始め、年度末までには復帰。

先生方の丁度良い距離感のおかげで徐々に積極性も取り戻し、少々の失敗は笑い飛ばせるようにもなりました。

それでも嫌な課題から逃げる癖は治らず評定が伸びず、連絡進学への推薦が危ぶまれましたが、

良い友達と塾の先生が、これまたいい距離感で励ましてくれ、無事ズッ友と一緒に高等部に行けることになりました。







口数の少ない夫がしみじみと「卒業できてよかったなぁ」と言いました。

夫の胸にもこの15年が去来したのだと思います。





一旦帰宅した次男は、私服に着替えると、そそくさと打ち上げ(焼肉食べ放題)に出掛けました。




残った3人の晩ごはんは地味目な和食。


太刀魚の塩焼(大根おろし添え)

肉じゃが(前日の残り←これがまた美味しい)

白菜とシメジのお味噌汁




身が厚いタチウオは、丁度いい塩加減で(←自画自賛w)とても美味しかったです😋