…のつづき
今思えば、私はとても気を張って生きていました。
女を武器にするのは反吐が出るほど嫌だったから、
新入女性社員が必ず泣かされるという人に対しても、啖呵を切り論破した。
(電話を切った後、備品倉庫にこもり在庫確認業務をこなしながら、独りひとしきり泣いたが)
とはいえ、女であることは紛れもない事実で、今日の「虎に翼」じゃないけど、
女が男と同じ舞台に立つには、男の3倍以上努力しないとならないから、ホントに頑張った。
男性社員は仕事を免除され業務時間中に勉強をさせてもらえたうえ、経費で受験料も支払われるのに、
女性には名刺だけでなく、そういう権利も与えられなかったので、自腹で勉強をして、資格をたくさん取った。
男が吐く下衆な猥談にも、ソコソコ乗りつつも上手いこといなし、
男と負けないくらい呑み、それでいて男の餌食にならぬよう自らは決して潰れず、
翌日男が二日酔いで急遽休暇を取ったり、昨日のことを武勇伝のように語るとしても、
私は肌荒れしないようケアを怠らず、翌朝は涼しい顔で明るく挨拶するのだ。
しかしそうすると「女のくせに」「女呑兵衛」などと言われるようになり、
時折顔を出す上司は「おまえは今日も呑むんか?」が私への挨拶となった。
仕事や資格で結果を出したら出したで「女のくせに」とか「大学も出てないくせに」と言われ、
女性社員からも「生意気だ」「偉そうに」「感じ悪い」と言われ、
什器備品や当然の権利事や当番などにも、あからさまに差をつけられ、
挙げ句の果てには「出る杭は打つまで!」という鼻向けの言葉と共に異動させられた。
結果、私は病んだ。
(桂場さんに言わせれば「乗り越えられなかった」ということになるだろう)
話を戻すと、
「春野さんはさぞかし苦しかっただろう。
被害を受けているときも、原告になってからも」としみじみ思うのだ。
結局私はセクハラやパワハラを訴えることはできなかった。
(自分自身が社内対策委員だったのだが、有耶無耶にされることは自明であった)
私は「貰い事故」に関わる件で訴えを起こしたことがあるが、
味方であるはずの自分の弁護士からも、何度も何度も同じことを聞かれたり、
「◯◯ではないのか?どうしてそうだと言い切れるのか?」という聞き方をされたり、
事故とは全く関係のない、母とは離婚した父のことや、家計について聞かれるたび、
「どうしてわかってくれないんだ!!!」という苛立ちと哀しみで、何度も消えたくなり、
どんどん人間不信になり、結局は取り下げて(逃げて)しまったという過去がある。
「声をあげること」「声をあげ続けること」は並大抵なことではない。
もの凄く大きな精神的苦痛を生じるのだ。
今年は「虎に翼」のモデルになった三淵嘉子さんの、生誕110年らしい。
寅子が法曹を目指してから現在まで90年ほどか。
🎵100ね〜ん先のあなた〜に会いたぃ🎵
2034年の寅子は、何を想い何を発するだろうか。
あと10年で何がどう変わるのだろう。


