今から7年前。
このシコシコな麺がバカうま。
ちょうど二人目の子供が産まれた日にボクは盛岡にいた。
厳密に言うと、「その瞬間」は盛岡から車で約2時間走った先にある大船渡という沿岸の街にいた。
そう。
あの忌々しい東日本大震災で津波に飲み込まれた街。
見慣れた景色がコールタールのような津波に飲まれる様をテレビにこれでもかと観せられた。
あまりにも衝撃的で、あの哀しい情景は未だに忘れたくても忘れられない。
その大船渡にあるコジカって名前の喫茶店でカレーを頬張っていると、セガレ誕生を知らせる携帯が鳴った。
当時、東北での仕事が大詰めを迎えていた。
二人目は予定日よりも早く産まれるというジンクスを信じ、絶対に外せない大船渡のアポイントをなんと予定日当日に入れてしまったのだ。
確か、
「俺が帰るまで気合いで産むなよ。」
と、カミさんにお願いして出張に出掛けた(笑)
時間に正確で几帳面、父とは正反対な正確のセガレは、予定日当日に、しかもお産にかけた時間なんと数十分のスーパー安産で、カミさんの気合い虚しくこの世に生を受けた。
仕事をこなして、盛岡にある事務所に戻り、終電で東京の産婦人科に直行した。
今となっては良い思い出だ。
盛岡の思い出は他にも。
当時、営業マンとして脂が乗りまくっていたボクは、自分に売れないものは無いと本気で思っていた。
いわゆる天狗ってやつです(笑)
しか~し。
そんな自信はたった二回の東北出張で脆くも崩れ去った。
商談が全くまとまらない…
悩んだ挙句、東北弁をしゃべる練習を本気で始めようと思っていたらある方から、
「いいか、とんこつ。ただゆ~っくりしゃべりゃい~んだ、ゆ~っくりな」
と教えられた。
ここから流れが一気に変わった。
東北開拓の後、東海、中四国に営業開拓をかけた時もこの金言に従って大事な局面ではとにかくゆ~っくり話すように心掛けた。
そうしたら商談だけでなく、人生まで変わった。
盛岡は自分の人生を変えてくれた街。
先日のこと。
盛岡出身の後輩から嬉しいお土産をもらったらそんなことをふと思い出した。
盛岡冷麺。
ボクが盛岡で一番ハマった食べ物がこちら。
ぴょんぴょん舎のこの冷麺がお土産用では日本一だと思う。
作り方のコツはとにかく麺を茹でたら冷水でよーく洗うこと。
ぬめりをよく取ることがとっても大切。
味が大きく左右されます。
このシコシコな麺がバカうま。
中にはゴムみたいで嫌って人もいますがボクは大好きです。
そして透き通る牛骨スープも最高。
キムチを少しずつ足し、味を変えながらいただきます。
ゆ~っくりとコシの強い麺を噛み締めながら。
キムチを足して味を少しずつ変えながら。
最後まで飽きることなくいただく。
極意。
ごちそうさんでした。
サンキュー。。。


