ネットにこのようなLOGを見つけましたーーーーー
相互作用などとは聞こえが良いが、実際は自己が必要とする時だけ相手を求めてい
るに過ぎない。自己表明の相互認識からしか民主主義は生まれない。「意思表明の
場」を閉ざしている所に全ての歪みが生じている。個々人の意志表明が投票行為だ
けという状態が、何故、民主主義の原点と言われるのであろうか。ポリシーとして
の民主主義には生命があるが、実際に行われている行為は民主主義から程遠い。
こんな状態を擁護する論理の何といい加減なことか。投票行為を通過しなければ生
まれない議員や首長こそ、民主主義をもっとも理解していない輩ではないだろうか
。政治家とは反民主主義勢力の総称であろう。ーーーーーーーーーーーー
言われていることは肯定せざるを得ません。「自由委任」する結果、「7万人の意思は統合できない、オレの選択を7万人の意思とするほかない」と、選挙民の意思は彼の私物と化してしまいます。
ネットの普及、生体認証の進歩で頻繁に民意は把握できるのです。数年に一度、選挙という「意志表明の場」を国民に与え「国民主権」として説得する、しかし過去半世紀、「論理的思考が可能な人々」の実績はどうであったでしょう。極端な役人天国と環境と人心の荒廃、二極化、無駄な公共事業により実質的に日本は破産してしまったのではないでしょうか。(期待の野党ですら役人を擁護するように見えます)
外交や臨機の対応や役所のアカウンタビリティーの為に議員・議会は無くす事はできませんが、選挙に加え、国民の政治への参加の機会を増やすことこそが必要なのです。
「年間5-7程度の重要議案の一つ毎に政党を選択させるべき」という並存制度こそが来るべき政治システムとなるでしょう(多忙な人は議員が選挙区平均得票数を代行)