国民意思に反して死刑はなくなる動きが・・・・ | テーマ毎に政党を選択できなければ

テーマ毎に政党を選択できなければ

外交政策はA党に同意し、教育政策はB党を支持し、財政再建策はC党に賛同するということは十分ありえます。一括一任という粗い制度ではなく、個別議案毎に自らの政治意思に近い政党を選択できる事はデモクラシ-の基本であり国民の権利です

先日鳩山法務大臣は「死刑は執行すべきでないという世論が5割を大きく超えてきたら私は執行しない」と民意を尊重する発言をしました。
しかし民意を考慮に入れない動きもあります。亀井静香議員など「死刑制度廃止議員連盟」が、民意とは無関係に、死刑廃止に先行する「仮釈放を認めない終身刑」の法案を今月中に提出する動きです。この法案が通過すれば、次には「死刑廃止法」を提出することになっています。
しかし多くの世論調査では、死刑容認と考える人々が年々増え、8割に達しています。
http://www.jca.apc.org/~haikiren/poll.html
設問を変え、「死刑を廃止する場合には、すぐに全面的に廃止するのがよいと思いますか。それともだんだんに死刑を減らしていって、いずれ廃止する方がよいと思いますか。」とした場合には (イ)だんだんに死刑を減らしていき、いずれ廃止する 53.7%ーーーーです。死刑廃止論者は「死刑制度があろうとなかろうと犯罪率は変わらない。強いて言えば、被害者の親族の苦痛の緩和をもたらすだけで愛する者を取り戻せるわけではない。死刑は仮想の満足感であり、現実には遺族に何ももたらさない」というものです。


2005年6月に世論調査機関が調査した結果によると、ヨーロッパ人の60%がどんなケースであろうとも死刑には反対すると答えています。スペインでは80%、イタリアでは72%の人々が死刑に反対しています。1998年の調査結果によれば、54%のフランス人が死刑制度に反対し、死刑制度復活賛成は44%でした。


死刑是非、安楽死是非、単純労働移民受入是非、食糧自給是非ほか、ガソリン税、長寿医療制度の是非など正解が不明であって、専ら国民の価値観に依拠すべき法というものは無数にあるものです。
議論されなければならないのは、法律が議員や役人、学者の価値観で決められてしまう事がいいのか、国民の意思・価値観も参加して決められるべきなのかということでしょう。
裁判員法は刑法を学んでいない一般国民が判決に参加します。国民の常識や正義感が参加する事が適正な量刑を決めるだろうというものです。
国民を律する法律について、憲法は、国民は選挙を通じて議員に「自由委任」するものとして、議会議員の価値観で作られます。
しかし、公約に反して議決権を行使されたり、献金意思や役人に遠慮した立法に偏ったり、テーマAは与党を支持、テーマBは野党を支持したい場合、選挙後に出てきた大きなテーマなどには、国民は無能力です。この結果が8割国民が「もはや政治からは何も期待しない」であり、千兆近い債務なのかも知れません。

ネットの時代「議員への自由委任」は議論されるべきテーマでしょう。裁判員法のように、立法の場面に、政治意識の高い国民が参加できるシステムが必要なのかも知れません、
例えば、一任ではなく、重要な幾つかのテーマ毎に政党を選べるシステム、あとの大多数の議案は議員に自由委任しておくという折衷方法もあるでしょう。http://www2.osk.3web.ne.jp/~mine2/