自分は何も悪いことをしていないのに
連帯責任として罰を
受けることがありますね。
たとえば、
今話題の日大アメフト部の
危険タックル問題で、
タックルをした
当事者でもなければ、
指示した側でもない。
パワハラ指導に
賛同も、同調もしていない。
何も悪い事をしていない
アメフト部員。
この度、秋の大会に
出場ができない事が決定した
ようですが、
事件に絡んでいない
アメフト部員からしたら、
とんだとばっちりだと
感じるところでしょう。
また、
天変地異などの天災は、
一部、その国の神の怒りを表している
現象でもあります。
しかし、
その国民全員が、
神様の意に反しているわけではなく、
中には、信仰深い
善人もたくさんいます。
天災は、主に国の政治、政治家が
間違った方向へ向かうと
起こるものなのですが、
被災地の住民からしたら、
「なんで悪いことしていないうちらが
被害にあわないといけないんだ!
神も仏もあるものか!」
と、憤慨する気持ちも出るでしょう。
しかし、
これは「共業(ぐうごう)」といって、
同じ部員、同じ国民として
背負う共同責任、連帯責任という
法則に当てはまってしまうのです。
つまり、
神様からしたら、
人間は、個人で
自分一人が正しい生き方を
していれば良いという
わけではないんです。
やはり、
所属している集団に対して、
自分以外のところで
間違ったことをしていたら
それを改善する努力、行動、
最低でも、
問題意識
を持って関心を持つことを
神様は望んでいます。
いくら自分は正しく生きていても、
他人に対して
無関心であることは、
因果応報の法則に基づき、
共業として、
自分に被ってくるのです。
政治に無関心な若い人も多いですが、
自分には関係ない
と、思って
選挙にも行かない、何も提言しない、
という感じでいると、
どんどん政治が悪くなり、
いずれ、税金が高くなったり、
規制によって自由がなくなったり、
しまいには、
他国に支配されるなど、
悪政が自分に及んできて、
嫌な思いや、不利益を被る事になります。
ですから、
自分さえ良ければ、
他人に無関心、
で、あることは
明らかに神様は望んでいません。
共業として、
自分に害が及ぶ前に、
自分が、集団に対して
やれる改善、少なくとも
関心、意識しておいた方が
良いです。
本当の意味で、
「自分さえ良ければいい」というなら、
共業の法則を踏まえた上での
生き方をすべきですね。
日大アメフト部の部員は、
監督独裁下で、
ただただ従うしかない状況
だったことはよく理解できます。
一般企業でも、
上層部が会社を私物化して
改ざんや詐欺的な商売を
部下にやらせることはありますが、
社員であるなら、やはり
これは間違っていると思うなら、
何かしら行動をする、発言するなりして
正す方向に向かわさなければ、
後々、ボロが出て、
会社そのものが
取り潰されてしまうわけですから、
「ただ、上司の指示されたことを
やらざるを得なかったんです。」
と、言い訳をしても『あとの祭り』で
会社が倒産しまうという
現実は、誰も変えることができません。
これは、法則なので、
やはり、周りで悪いことをしていたら
自分だけ悪いことをしなければ良い、
ではなく、
何かしらやめさせる行動を取る
と、いうことは
一人一人の責任でもある、
と、いうのが神様の見解でしょう。