経済的な理由で離婚ができないケースの意味 | Dillon(ディロン)の神様視点スピリチュアルブログ

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目に見えない世界のメカニズムや法則を解説するスピリチュアルブログ。

結婚生活シリーズです。


今回は、経済的な理由で
離婚できない場合の意味について
お話します。


離婚したいと思っても、
したら今の収入だと立ち行かない、

という事は、

良くも悪くも
離婚の抑止力になっていますよね。


この抑止力は、

神様からの2人をつなぎとめる
命綱でもあります。

ここに深い意味と課題があるんですね。


スピリチュアルの世界では、
「すべてが必然」論があります。

それで当てはめてみると、

「あなたたちは、まだ協力して
生きていく課題(必要)があるんですよ。」
ということがわかります。


たとえ、
愛がとっくに消滅していたとしても、

現実的な意味で、

あなたがいないと、生きていけない

という結論だけは
今も続いているわけです。


ここで、神様から
望まれていることは、

たとえ心がなく、形だけだとしても、

お互い協力して生きることを
通して発生する、

恋愛とは違った、
生きる上での戦友的な

愛の芽生え

なわけです。


お互い、もう愛し合っていないのに

協力して生きるなんて

苦痛、無意味、無理!

と、感じるでしょうが、

若い頃の恋愛という魔法が解けた時の
この「離婚期」こそが

単なる男女の愛だけではない、
無償の愛、無条件の愛の修行の
いよいよ本番となるわけです。


ちなみに、
本当に心底、無理!となった場合は、

いかなる問題があろうと、
人は迷いなく離婚するものです。

それはそれで、
その選択が必然でベスト
になる場合もあります。


しかし、
何かの条件があって離婚できない

と、いうことは

逆説になりますが、
何かの条件がクリアになれば
まだ続けられるということを
意味します。


結婚で学べることは何かというと、
愛とはなんぞや?
ということです。


経済的な理由で離婚できない
ということは、

生きるためには、
相手との協力が必要ということですよね。


ですから、

その場合は、「協力して生きること」

に、課題が残っていますよ、
という意味が隠されているわけです。


協力は今までさんざんしてきた!
と思うでしょうが、

自分は相手のことを思って
やってきた!
という自己満足になってしまっていて、

本当に相手が自分に望むことが
わからないのです。


また、相手に不満の感情がある時は、
なかなか

本心から相手の立場になって、、、

なんて、きれいな事は
考えられないものですよね。


自分の中では、

自分は頑張ってる!

相手のために、
私はこれだけの事をした!

という認識があっても、

異性の心理は、異性ゆえに
感覚的にはどうしても
わからないようになっています。


そこがどうしても、
ボタンのかけ違いになっていくわけです。




経済的理由で、
別れられないというのは
女性に多いでしょう。


女性が、現実1人で生きるには
非常に厳しいという

経済的な理由で
離婚ができない場合には、

やはり
相手の下に自分の身を置く

謙虚さと、相手を立てる
という事を学ぶ必要がある
ということです。


特に女性は、なぜか旦那を
心の中で無意識に、
子供のように見てしまう傾向が
あります。

しかし、一方で
お姫様のように扱われたい
という心理もあって、

自分は旦那に優遇されたり、
特別扱いをされてしかるべき、

相手は、
王子様のように
あってほしい、


という、観念と願望もどこかにあります。



言葉では男女平等を唱えていても、

実際は女性優位の意識や

女性は守られて当然の存在
という意識が強いので、

男性なら、女性は
家事をやって当たり前という
認識が無意識にあるように、

女性からしたら、
男性は働いて家族を養って当たり前
という認識があります。


特に共稼ぎとなると、

私だって稼いでいる!

旦那の稼ぎで足りないから
私が働かないといけないんだ!

という、
至らない部分に
視点がフォーカスしがちなので

心底、旦那がいるから
自分が生かされている
という感覚にはなかなかなれません。


それは、男性も一緒で、

奥さんがいるからこそ、
自分が仕事に集中できている

という認識が

心底では、なかなか持てないのと
同じです。

しかし、

サラリーマンの男性の場合、
会社に養われている、
という意識はあるので、

会社の上司を立てるということを
社会で学ぶようになっており、

元来、男性の方が上下関係を
意識するので、
比較的、相手を立てるということは
できるものですし、

それをある程度やらないと、

いくら仕事ができる人でも
日本の組織では
出世ができないです。


一方、女性は
やはり平等意識が強いので、
相手の立場を思いやることはできても、

相手を立てるということは
あまり得意ではありません。

だからこそ、

日本では、女房は夫を立てるもの
といった花嫁修行的な教育が
昔はあったわけです。


男性が、
高級クラブみたいなところへ通って、

良い気分になったり、

浮気をする理由の1つは、

家庭で立ててもらえないから、
他で立ててもらいたいという、

無意識の承認欲求も
あるわけです。


愛人というものは恋人ですから、
新鮮かつ、距離があるため
男性を上手に褒めるものです。


奥さんより、不細工だったりしても、
男性はそこに価値を置いて
居心地の良さに惹かれていきます。


まあ、それも男の錯覚なんですが(笑)。


話がズレましたが、

男性には男性の、

女性には女性の

魂の磨き方があるんですが、

経済的自立ができない、または
不安があるから
離婚を躊躇している場合は、


あえて自分の身を低くして
相手を立てる意識とスキルのための
修行だと思って下さい。



旦那が、それなりに稼いでいるなら
それができる

という思いもあるでしょうが、

現実、
自分1人だけで
生活ができないのであれば

やはり、謙虚さを
身につける課題も
残っているわけです。


これは、ヒモになってる男性も
同じ事です。

これはこの世の法則ですが、
経済的に協力がないと
生きていけない場合は

最低限、謙虚さは必要です。


男性の場合は、

奥さんを立てるというよりは、
奥さんの感情をもっと
労う心が課題となります。


しかし、
経済面で相手の協力なしで
生きていけないことは、

けして自分の方が
人間性が劣っているという
ことではありません。


相手を立てるという事は、
相手にゴマをするという事とも
全く別物です。


ここを一緒にすると、

なんであいつを立てなきゃいけないんだ!

と、なります。

人を立てることができる
マインドやスキルは、

実は大きな器と人間性がなければ
できないことですから。


結局、人間性や、裏切りなどで
腹立たしい部分があったとしても、

認めるところは、認めるという
分別と公正な姿勢が、
相手に変革を促す効果が
あるわけです。

メンタルを変えて、
人間レベルを上げるという
ことですね。


それができてくると、

とりまく環境も自然に変わります。


諸問題が解決して、
スムーズに離婚に進む場合や、

お互い意識が変わって、
良い関係に変わっていく場合も
あります。


いずれにしても、
必ず良い方向に
運気が向いて来ます。


結婚生活は、愛とはなんぞや
を学ぶための道場みたいなもの
ですが、

現実面では、
人と人が協力して生きていく
ことを学ぶ機会でも
あるんです。


後者を入り口として、

本物の愛って何だろう

という学びに入っていくことも、
神様から与えられている
きっかけでもあるんですね。