本当の自信を持つと人に対しておおらかになる | Dillon(ディロン)の神様視点スピリチュアルブログ

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目に見えない世界のメカニズムや法則を解説するスピリチュアルブログ。

前回の記事で、


嫉妬心は自信をもつことで克服できる

と述べました。

 

 

 


では、本当の自信とはいかなるものでしょうか?


 

 

 

見るからに自信満々な人というのは、

得てして人を見下す傾向があります。

 


「どうだ!俺は凄いんだ!」という感じです。

 


見下すまではいかなくても、

自分の力を必要以上に誇るということですね。

 


自信があまりなくて、

自分に自信をつけたい人は

「俺って凄くない?」「どう俺って凄いでしょ!」

と確認するような言動をよくします。

 

 

もちろん、これは

本人が自信を持ちたいという意識からくるので

「本物の自信」への通り道としては

誰もが通る心理かもしれないので良いと感じます。

 


セルフイメージが高まりますからね。

 

 

 


良ろしくないのは、

「あいつはだからダメだな。こいつもダメだな。俺の方が上だ。」

と、誰か他の人を批判して

自分の力を宣伝することでしょうね。

 


これは実際にその人に実力があっても

本人の中では本物の自信になっていないように感じます。


 


人は、本当に自信がつくと

頭一つ飛びぬけて高い見地で物事を見えるようになるので、

 


周りの人が可愛く見えてきますし、

親切な人であれば

暗黙のうちに教え導いてあげよう

という思いが芽生えてきます。

 


大人が子供に対して教え諭す感じに近いですかね。

 


差があまりにもあるので、

同じ土俵で張り合うなんて在り得ません(笑)。


 


本物の自信がつくと、

自分より周りがよく見えてきます。

 


そして口数も減り


ベラベラ自分のことを

多く語らなくなる傾向があります。

 


いわゆる「孤高」というやつです。

 


この境地に立つと

他人の言葉に左右されることがありません。

 


心が平穏で非常に温かい気持ちになり、

相手を認めることができるようになります。


 

 

 

では、どうしたらそういう本物の自信が得られるのか。


 


普通に考えれば、まずは

自分で自信が持てるだけの実績を作ることでしょう。

 

 

大相撲の力士であれば、

上位力士の押しに押し負けないだけの力がつくと

自信になるといいます。

 


受験生であれば

テストで満点を取って東大合格したりすると

自信になるかもしれませんね。

 


男性であれば、

女性にモテモテになると

単純に自信がつくこともあります。

 


男性の場合、

この異性にモテるかどうかは意外に重要な

自信ポイントでしょうね。

 


とにかく実績ができると

人は当然自信がつきます。


 


しかし、では実績さえあれば

本物の自信が得られるか

というと一概には言えません。

 


いろんな人を分析していますと、

どんなに他人が認める実績があっても


「この人、まだ本人的には自信が持てていないな。」

と感じる人はけっこう多いです。

 

 

 


実績は自信をつけるきっかけにはなりますが、


本物の自信は別のところにあります。

 

 

どういうことかというと、

実績に裏打ちされた自信は、

裏を返せば実績が無になったとしたら

自信がなくなるということで、

 


現象や他人などの外界の影響で

自信が上がったり下がったりすることを意味します。


 


「本物の自信は根拠のない主観によるものからくる」

というのが今の私の分析結果です。

 


死後の世界では心だけが残り、

この世での実績はすべてリセットされます。

 


その時にはいかに実績があったかを

いくら語っても無意味です。

 

 

 

究極的に言えば、

何の実績がなくても

 

 

根拠がない自信、主観の中で自信

 


を持てるようになれば

かなり本物の自信に近づきます。


 


これは、別の言葉で言えば

まさに「マインド」なわけですが、

 


ではこの意味不明で不条理なところからくる

自信の源はどこからくるかというと、

 


これこそ

「自分は神様から創られた存在だ。」

という心理からです。

 

 

そもそも「自信」とは自分を信じるということですから、

 


「神様」という言葉を抜きにしても、

信じるということは

その時点で現状何も目に見えていないことを意味しますよね。

 


実績は形に残りますから

客観的なハッタリには使えます。

 


しかし主観で本人が感じる自信は、

「必ず自分はできる」

「間違いなく自分はすごい」

「何があっても自分は大丈夫」という

もっと深いところから根を張り

そこから湧き上がるものですから。


 


形あるものはいずれ諸行無常で消えていきます。

 


しかし形のないものこそ

永遠に存在し続けます。

 


だから普遍的で何があっても変わらない自信は

自分に対する「思い」次第なわけです。


 


そして、本物の自信がついたかどうかの


チェックポイントは以下の通りです。


 


人に対して優しくなれる。

 


人に笑顔で接することができる。

 


人を愛することができる。

 


自分の失敗談を惜しみなく話せる。

 


プライドが良い意味でなくなる。

 


周りのことが良く見える。

 


ブレない。

 


人の気持ちがよく理解できる。


 

 

 

つまり、自信は余裕を生み出すということですね。

自信がつくと次第に自分よりも他人や周り、

世界に目が行くようになります。

 


逆に自信がまだない人の特徴は

下記の通りです。


 


自分の事を過剰に語る。

 


他人に対抗意識を必要以上に燃やす。

 


見栄やハッタリが多い。

 


自分の弱いところを隠す。

 


他人に関心がいかない。

 


他人の言葉で感情が揺れ動く。

 


他人のことが理解できない。

 

 

これは自分のことで精一杯という状況です。

自分がいかにどうするか、に関心があるので

他人のことがわかりませんし、見えてもいません。

 


しかし、これもまた通り道であるので

この段階で試行錯誤してもがくことも、

後に本物の自信の付け方に気付く道につながります。

 

 

 

だから究極、


どんな人間であっても

「個性」は素晴らしいわけで、

 


誰であっても

根拠のない自信を持っていいわけです。

いや、持つべきですよね。

 


他人と比べて自分はできるとか

小さな事を言っているようではまだまだです。


 


神様から見れば、全員どんぐりの背比べです。


 


そこに思いを馳せて、

地球上の全員が自分というものを

本当の意味で大事に愛して、

 


そこに本当の自信を深めて、

仲良くお互いを認め合う世の中になったら

良いなと感じます。