幼くして命を落とした魂の場合 No.43 | Dillon(ディロン)の神様視点スピリチュアルブログ

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流産・死産などの水子の霊について

これはほとんど計画にはないことである

と前項でお話しましたが、

 

では幼いうちに命を亡くしてしまうケースはどうでしょうか。

 

この場合

過去様々な文献や事例を見聞きした限り、

計画と事故の割合はわかりませんが

 

極稀に親と子供の相互計画のケースもあるようです。

 

計画であった場合は

その親に何かを気づかせるため、

何かを悟らせるために

子供があえて犠牲の人生となって

生まれてくるパターンがあります。

 

私も子を持つ親として

こんなに悲しいことはないんじゃないか・・・

と感じるほど

あってほしくない事なのですが、

 

そういうケースの場合は

子供側の魂は

 

「子供で〇歳で亡くなる」

 

という予定のもと覚悟して、

親の修行のため自己犠牲の愛

 

そのものとして生まれてくるようです。

 

この子供として生まれる側の

魂の立派さはもちろんのこと、

 

これは親としても本当に厳しい修行です。

 

そこには

 

失う悲しみの感情、

 

本当の愛、

 

過去世からのカルマの修正、

 

過去やったことの反作用、

 

命の尊さ、

 

など

とにかく学ぶものや深い意味が

高密度に詰まっています。

 

 

こういった何かを

深く魂に刻み込むための計画として

一部そういった悲劇もあり得るということです。

 

また親子関係だけではなく、

世の多くの人々に対しての

 

神様からのメッセージ

 

として幼くして病気で亡くなるといった魂もいるわけです。

 

それは

 

「生きるということは当たり前のことじゃないんだよ」

 

というメッセージだったり、

 

どんなに命が短く、死を宣告されても

最後までやれることを全力で取り組む大切さを

 

「子供」の生涯を通して

 

神様が教えているもかもしれない。

 

そういう場合は、

幼くして命を亡くすという姿に

必ず意味があるということですね。

 

一方、親の不注意による本当の事故というものも当然あります。

 

たとえば、

親が大人同士の会話に夢中になり、

目を話したすきに交通事故にあう・・・

といったケースなど。

 

これなどはやはり親の責任の割合が高く、

子供でも不浄仏霊となる場合が多く非常に残念なことです。

 

 

これも親にとっては

一生の十字架となり

悔やんでも悔やみきれない悲しみが

一生付きまとうと感じます。

 

まともな方であればトラウマになるでしょう。

 

しかし本当に不慮の事故で

そうなってしまったとしても、

起きてしまったことはどうにもなりません。

 

その場合は心から反省し、

子供に謝り、

のちの人生を子供の分まで幸せに生きることです。

 

 

子供を自分の不注意で

亡くしてしまったことを負い目に

ずっと親が不幸な人生でいたら

子供だってそれこそ浮かばれません。

 

常に子供が傍にいるんだ

思って一緒に幸せになるんだと

心を前向きにすることです。

 

子供は霊になっていますので、

親が子供のことを思えば、

傍には「霊速」と呼ばれる光よりも早いスピードで

いつでも来れますし、見守ってくれます。

 

 

亡くしてしまった子供に対しては、

まずは

 

「あなたを守ってあげられなくて本当にごめんね。

でもあなたはもう死んだのですよ。」

 

と死んで霊になったことを教えてあげて、

 

いつも一緒だからね、と

声をかけるように

子供の分まで幸せになるように

心から前向きになるしかないです。

 

でもできることなら

そういった

この世的に防ごうと思えば防げたと思われる

あの世の計画外の事故死については

できるだけなくなることを祈ります。

 

やっぱり親子共々、

本来の人生計画とは違ったものになってしまうので、

いくら計画を立てて守護霊さんがいるといっても

 

この世ではこの世で

気をつけなければいけないことがあるということです。

神様が守ってくれてるから・・・

と信じることは大切ですが、
逆に安易にこの世での注意や努力、行動を怠っても

いけないわけです。