パートナーが離れて行ってしまうという経験が何度かあり
本気で物事に取り組みたくても
自分の最愛の人が離れて行ってしまうという恐怖心や
最愛の人を喜ばせたいのに
離れて行ってしまうなら意味がいないという無力感から
取り組みきれなくなっていました。
要は稼ぐと別れるとがセットになっていました。
それを田中先生に
「男性として何か悩みがありますか?」
という質問を受けた際にその事を打ち明けました。
そして筋肉反射テストでその原因は7歳の時からだと言われました。
その瞬間、
走馬灯のように
その時期の映像がフラッシュバックしました。
7歳は、
それまで家で仕事をしていた父が
事業を順調に伸ばし
離れた場所に事務所を構えたことで
自宅に自分1人になった時期でした。
父は、フリーのデザイナー。
母は、そんな父の収入がいつ無くなるかわからないと
わたしが0歳の時から保険の外交員として
フルタイムで働き。
姉も6歳上で不良の為か家にほとんどいない。
それまで主に父が
保育園の送迎もして、
帰宅中の公園で遊びたいとダダを捏ねれば、付き合ってくれ
自宅でTVを見てても、つまらないと言えばかまってくれた。
そんないつも一緒にいてくれた父が
家にいなくなる。
その時の寂しいという感情が
体の中をグワーという音と共に溢れ出し
自分は、凄く寂しかったんだと自覚し
なすすべもなく涙が流れ落ちました。
仕事の成功は、人との別れをもたらすと
勘違いして記憶していたことがわかりました。
無自覚でしたが
体には深くその寂しい感情は刻みこまれ、
そして順調に成長した父の仕事を祝福する為には
寂しいという気持ちを言うのは
いけないことだと封印したことが、
この勘違いの始まりだったと認識し
イケナイコトと否定していた感情を
持っても良い感情と肯定的に受け止めたことで
自分の中のエネルギーが正しい方向へ
向かいはじめています。
もう一つわたしは、
中学入学1週間でイジメを受けはじめ
その後、社会人になっても
イジメとはいかないまでも
私がいると
その場を盛り下げてしまったり
みんなといても楽しみ切れない
どこに行っても
そういう立場や態度になってしまうことに
悩んでいました。
でもそれは、自分が功名にしかけた作戦でした。
いじめられることは、わたしにとって好都合だったのです。
いじめられてでも人に
かまって欲しい。
空気を読まず
場を盛り下げるよなという
態度を取られてでも
かまって欲しい。と
家族にかまって貰えなかった分を
外で解消していました。
つまり
イジメも
父、母、姉に
寂しい気持ちを言わず
かまって欲しいという欲求を素直に伝えず。
感情を封印したことが原因だったのです。
いじめられていたはただの勘違いで
いじめさせていたが事実だったのです。
突然、家に1人になったことで
いじめられっこ役でもしないと
人と繋がりを持てないくらいの
価値しかない人間だと
7歳だからこそ
勘違いしてしまった。
そしてそれが勘違いだときづかず
本当のこととして大人になってしまい
より堪え難い人生を現実のものとしていた。
この7歳の自分の勘違いを思い出す体験で
ポジティブでも
ネガティブでも
自分の感情を大切にすることは
まんまの自分を大切にする
とても
自然な行動
言葉を変えれば
どのような結果を招いても責任をとると決めた上で
自分を大切にする権利を誰もが持っていて
そうすることで
初めてまんまの自分を愛し
まんまの他人をも愛せると思えた。
2級を受ける前に
こんな心持ちになる事を
希望はしていましたが
予想外のところに糸口があり
想定外の繋がりを持って解決した。
そんな感覚です。
もちろん時間の関係上、全ての過去の問題を
トレーニング中に明確にクリアしてはいないけれど
今の自分のあり方ならば
40年分どの時の過去の事を取り出しても
全て自己解決できる感覚があります。
そのように田中先生は叱咤激励しながら
わたしの成長を促し見守ってくれた。
むしろ未来に希望を抱いた事の無かった自分が
今後は天命や志にたった上で
まんまの自分を大切にして
人生を楽しむと決めている。
それをごく自然にでも明確に力強く持てている凄い自分がいます。
これも偏にトレーニングの場にいた
すべての方のおかげです。
その場を共有できたことを嬉しく思います。
田中先生そして皆さん本当にありがとうございました。
内藤俊幸
