それが手に入らなければ私は幸せになれない。

今そんな思いに囚われてはいないだろうか。

人は時に知らぬ間に何かを強く握りしめてしまう。

それは人であったり、お金であったり、過去の成功や未来への期待であったりする。

それさえあれば自分は満たされる。

その瞬間から心は静かに濁り始める。

執着を手放せません。

なぜこんなにも苦しいのでしょうか。

「なくても私はすでに満たされている」この言葉をただの慰めのように受け取ってはならない。

これを本気で感じることができた時、心の奥で固まっていた何かがふっと溶け出す。

呼吸が深くなり、目の前の世界が少しずつ動き始める。

執着とは決して外から与えられた苦しみではない。

自身がこうでなければならないと心に決めてしまった思い込みの延長である。

その思い込みが強くなるほどに魂の流れは停滞し、運命の道も閉ざされてしまう。

今苦しみの中にいるのだとしてもどうか覚えておいてほしい。

執着の正体に気づき、その手をそっと緩めた時、人生は思いがけない方向から優しく変わり始める。

執着が生まれる心の仕組み。

執着の根には必ず足りないという思いがあるということ。

もっと愛されたい、もっと認められたい、もっと手に入れたい。

このもっとという気持ちが執着の根を育てていく。

足りないと感じる心は常に何かを求めてやまない。

目の前にあるものではなく、まだないもの、手に入っていないものばかりに意識が向いてしまう。

やがて心はこうさやき始める。

これがなければ私は幸せになれない。

この人がいなければ生きていけない。

この結果を得なければ自分には価値がない。

そうした思いが固まるとそれは願いではなく鎖に変わる。

本来願いとは自由なものであるはずなのに、それが強く握りしめられた瞬間、執着へと姿を変えてしまう。

この足りないという感覚は周囲の人や環境によって植えつけられていることが多い。

幼い頃からもっと努力しなさい。

それでは足りない。

あなたにはまだ早いと言われ続けてきたものは無意識のうちに、私はまだ十分ではない存在だと思い込んでしまっている。

足りないと思わされてきたのではなく、足りていないと思い込んできただけなのだと。

本来すでに多くのものが与えられている。

ただ足りないものばかりを見つめているとそれらの存在に気づけなくなる。

そして執着を強め心を重くしていく。

ではどうすれば良いか。

まずは足りないと感じている自分に気づくことから始めてほしい。

苦しみの根にはきっと何かを失うことへの恐れ、愛されないことへの不安があるだろう。

その不安を執着という形で抱えていることに自ら気づくことができたならすでにその執着は半分以上力を失っている。

執着とはそれは足りないという幻が生み出した心の影に過ぎない。

そのことに気づくことが開放への第一歩となる。

分かっていてもなぜ人は執着を手放せないのか。

答えは実にシンプルである。

それは恐れだ 。

何かを手放した時にやってくる喪失への不安。

そして空っぽになった心に何も残らなかったらどうしようという怯え。

そうした恐れがあなたの手をぎゅっと握らせ離せなくさせている。

それは人であり、過去の栄光であり、あるいは傷さえも対象となる。

不思議なことに人は苦しかった記憶にさえ執着してしまうのだ。

それを手放したら自分の存在の一部が消えてしまうように感じるからである。 

執着とは恐れを守るための鎧いである。

その鎧いは最初こそあなたを守るかもしれない。

だがやがては重くなり動きを止め、心の自由を奪ってしまう。

本来のあなたの輝きすら覆い隠してしまう。

失うことへの恐れ。1人になることへの恐れ。無力な自分に戻ることへの恐れ。

この恐れたちを直視せずにいると執着という形で心にこびりついていく。

ではどうすればその手を緩めることができるのか。

まず必要なのは恐れている自分がいることを認めてあげることである。

否定せず、そうか自分はこれを失うのが怖かったのだなと静かに受け止める。

この一歩が執着の正体を光の中へと引き出す場となる。

あなたが手放せないのではない。

ただ怖くて握っているだけなのだ。

その手をそっと見つめ、怖いけれど大丈夫だと心から言えるようになった時、執着はすっと影のように薄れていく。

執着を手放すとは何かを諦めることではない。

執着とは心のうちに強く固められた固定された思いである。

そしてその固定こそが人生の流れ、すなわち運の通り道を塞ぐ要因となる。

運とは本来風のようなものだ。

流れがあり、動きがあり、変化に応じて形を変える。

ところがこれでなければならぬ、こうあるべきだという強い執着があるとその風が通る道を塞ぐ岩のようなものができてしまう。

例えばある人との関係に強く執着すれば、新たなご縁がやってきてもそれに気づけない。

ある地位や肩書きにしがみつけば、もっと大きな部署に進む機械さえも見えなくなる。

これしかないと思い込む思考は他の道を閉ざしてしまうのだ。

それが人間関係であれ、過去の失敗であれ、自分のプライドであれ、心に強く握りしめているものがある限り運はうまく流れ出さない。

ではなぜ執着はそれほどまでに運を止めてしまうのか?

それは執着が今ここから意識を奪ってしまうからである。

本来運の流れは今この瞬間を通じてしか訪れない。

だが執着は心を過去や未来に引っ張り、目の前にある流れに気づかせない 。

まだ手に入っていないものばかりを追いかけ、もう失ったものに縛られていると、あなたの前を通り過ぎていくチャンスに気づくことができなくなるのだ。

さらに 執着はエネルギーを奪っていく。

 

本来なら行動や想像に使えるはずの力がずっと 手放せないという葛藤の中で消耗されてしまう。

そして疲れ迷い焦りとなって、運の流れを遠ざけてしまう。

執着とはエネルギーの詰まりである。

その詰まりを緩め、流れを取り戻すためには、まずその存在に気づき見つめること、そしてほんの少しずつでも手を緩めること。

あなたが執着を緩めた時、心に余白が生まれる。

その余白こそが運を招き入れる入り口となる。