オワコンと言われた HDD が静かに世界の主役に返り咲こうとしています。
クラウド、AI、5G、世界中で爆発的に増え続けるデータを支える舞台裏で HDD は確かな復活を遂げつつある。
その中心にいるのが日本企業「東芝」。
東芝は1台でなんと30TBというモンスター級の容量を誇る新型 HDD を開発し、ストレージ業界で大きな注目を集めています。
HDD が再評価されるようになった隠れた需要とは何なのでしょうか。
そして東芝はいかにして長年の壁を突破しこの進化を実現したのでしょうか。
「もう HDD の時代は終わった」そんな声を一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
私たちが日常で使うパソコンやスマートフォンの世界では速度と静音性に優れた SSD が完全に主役の座を奪いました。
ノートPCやゲーミング用途では、重くて遅いHDDの出番はもはやありません。
一般家庭においても、HDD はせいぜい補助的なバックアップ装置としての扱いが一般的です。
しかし HDD は静かに復活の兆しを見せている。
その主戦場はクラウドサービスを支えるデータセンターという巨大なインフラ。
Amazon、Google、Microsoft といった世界的 IT 企業のデータ戦略を支える重要な存在として HDD の需要は再び高まりつつあります。
なぜ今の時代に HDD が見直されているのでしょうか?
その理由は 「コールドデータ」と呼ばれる滅多にアクセスされないが、消すこともできない膨大な情報の保存に最適だからです。
そこで容量単価が安価な HDD は圧倒的な強みを発揮します。
つまり HDD はオワコンどころか、データ爆発時代の静かな主役として今まさに第二の黄金期を迎えようとしている。
しかし、その前に立ちはだかるのが「トリレンマの壁」という大きな障壁です。
HDDの内部には驚くほど小さな磁石が無数に敷き詰められています。
これらの磁石の向きを変えることで、「0」と「1」の情報が記録されているのです。
もっとたくさんのデータを保存したい。
そう考えると磁石はさらに小さくすればよいと思いますよね。
しかし、そこで立ちはだかるのが「トリレンマの壁」と呼ばれる厄介な問題です。
これは三つの条件が互いに矛盾しあい、どれか一つを優先すると他の二つが犠牲になってしまうという、いわば3重のジレンマのことです。
HDD におけるトリレンマは次の三つの条件で構成されています。
1.「磁性体粒子の微細化」より多くのデータを詰め込むには、磁石(磁性体粒子)を小さくする必要があります。
2.「熱的に安定な磁性体粒子」しかし小さくなった磁石は熱に弱くなり、情報が勝手に消えてしまうリスクが高まります。
3.「記憶能力」情報を書き込むには強力な磁石が必要ですが磁力を強めすぎると逆に書き込みが困難になるというジレンマが発生します。
つまり小さくして容量を増やしたい、でも熱で消えるし、書き込みも難しくなる。
これこそが、技術者たちを長年悩ませてきた根本的な課題なのです。
このトリレンマによって、HDD の進化は2010年代に入ってから停滞。
1平方インチあたり 約1Tビットという記録密度の限界を誰も超えることができませんでした。
増え続ける世界中のデータに対して HDD は対応しきれず、もう HDD は限界なのかという悲観的な声が業界内でささやかれ始めたのです。
そんな中、東芝が常識を覆す革新的な技術を開発しました。
第2世代 東芝の新型 HDD が誕生!
東芝デバイス&ストレージが世界に衝撃を与えるニュースを発表しました。
なんと、次世代磁気記録技術の両雄、「HAMR」と「MAMR」の両方で30TB超の大容量 HDD の実証に成功したというのです。
ほとんどのメーカーがどちらかが一歩の技術に集中する中、東芝は両方の技術で成功を収める快挙を成し遂げました。
まず一つ目の「HAMR」技術について説明しましょう。
これは熱アシスト磁気記録の略で、レーザーの近接場光を使ってディスクを一瞬だけ加熱します。
加熱によって磁性体粒子の保持力が一時的に下がり、データをしっかり書き込めるようになります。
東芝のHAMRシステムでは10枚のディスクを1台の HDD に搭載し、なんと32TB という巨大容量を実現しました。
もう1つの技術は「MAMR」マイクロ波アシスト磁気記録です。
こちらはマイクロ波を使って磁気記録能力を向上させる方式です。
MAMR技術の革新は「スピントルク発振素子」と呼ばれる革新的デバイス。
この素子が発生させるマイクロ波により、より少ない磁場でも情報が書き込めるようになります。
このMAMR技術は東芝が世界で初めて実用化に成功した技術です。
2021年から第1世代の量産が始まっており、現行製品では22TBモデルが出荷されています。
そして今回発表された第2世代MAMRでは「双発振型スピントルク発振素子」という新開発の部品を導入し、11枚のディスクで31TBという大容量を達成しました。
ここでふと気になるのがこの2つの技術、どうやって開発しているの、この偉業は東芝だけの力ではありません。
磁気記録メディア開発のレゾナック(旧・昭和電工)と磁気記録ヘッド開発の TDK という、それの分野のトップ企業との連携によって実現しているんです。
ではこうした超大容量 HDD が普及すると、どのようなメリットがあるのでしょうか。
他えば、1000TBデータを保存するする場合、今までの15TBモデルなら67台必要だったところ、30TBモデルならたった34台で済むんです。
設置スペースは約半分、電気代も下がり、管理の手間も大幅に軽減できます。
大量データを扱うクラウド事業者やデータセンターにとっては、まさに救世主のような存在と言えるでしょう。
さらに東芝の HDD は壊れにくさにおいて高い信頼性を誇ります。
平均故障時間(MTTF)が約250万時間レベルという驚異的な耐久性で、24時間365日、フル稼働し続けるデータセンターのニーズに答えています。
業界で注目すべきは、東芝がHAMEとMAMRの両方の技術を同時に開発している点です。
HAMR技術は西部デジタルや Seagate も開発していますが、MAMRはほぼ東芝の独壇場。
また大容量化だけでなく、データの書き込み速度も約1.5倍に向上しており、バックアップや大規模データ処理の時間短縮にも一役買っています。
東芝はなぜ HDD の技術力が高いのでしょうか。
東芝の HDD 技術の歴史はなんと1967年にまで遡ります。
磁気記録の基礎研究から始まった技術は半世紀以上にわたって進化を続けてきました。
特に注目すべきは、1991年に登場した世界初の2.5インチ HDD、ノートパソコンの普及に火をつけたこの小型 HDD こそが東芝の名を世界に知らしめた技術です。
当時 デスクトップ PC 用の 3.5インチ HDD が主流だった時代に、東芝は小型化の限界に挑戦。
小型、軽量、省電力という三拍子揃った 2.5インチHDD は1990年代後半から2000年代にかけて、モバイル HDD 市場で世界シェアナンバーワンを獲得しました。
そして次の挑戦はなんとさらに小さな1.81インチHDD の開発。
この技術力はあのアップルにも認められ iPod に搭載されることになります。
数千曲の音楽を持ち歩くという、当時としては革命的な体験を支えたのは東芝の技術でした。
HDD は衝撃に弱いという常識を覆し、ポケットに入れて持ち歩く音楽プレイヤーに HDD を使用するという発想は東芝の耐衝撃技術への信頼があってこそ現したのです。
後の iPod クラシックシリーズ(80GB、160GBモデル)にも採用されました。
2009年、東芝は HDD 事業を統合し、企業向け市場への本格参入を果たします。
この一手が奏功し、東芝は Seagate、Western Digital と並ぶ世界3大HDDメーカーの一角として確固たる地位を築きました。
特にエンタープライズ向け 「ニアラインHDD」では安定性と信頼性を武器に市場を開拓。
日本品質の代表格として世界中のデータセンターから高い評価を得ています。
東芝のエンタープライズ向け HDD として知られるのが、「MG シリーズ」最大22TBという大容量を誇り、多くの企業に採用されています。
東芝が長年培ってきた HDD 技術は HAMR と MAMR といった第2世代の記録方式と結びつき、再び大きな飛躍の時を迎えています。
これから迎えるデータ爆発の時代、写真、動画、AIデータ、センサー情報などあらゆるデジタル情報が急増する中、私たちの暮らしは HDD なしには成り立たなくなりつつあります。
そんな時代の縁の下の力持ちとして東芝の HDD 技術は私たちの生活を支え続けてくれるでしょう。