楽天の設備投資額は2025年までで6000億円以下の予定で、年間約6000億円を設備投資に投じるNTTドコモなど大手キャリアと比べて少ない。
だが、楽天が実際に安いプランを打ち出しても、すんなり顧客を獲得できるとは限らない。
既存の大手キャリアには、楽天モバイルにはない別の大きなセールスポイントがある。
有事も含めた通信品質だ。
大手キャリアはこれまでの事業の積み重ねによる保守やセキュリティなどの技術の蓄積に加え、利用者が最も通信を使いたい災害時への備えも準備できている。
例えば、NTTドコモは基地局の一部が災害などで稼働できなくなる場合に備え、広範囲の通信をカバーできる災害時専用の大ゾーン基地局を全国に用意している。
NTTドコモの東日本のネットワークを監視する中枢機能「ネットワークオペレーションセンター」が設置されているNTTドコモ品川ビルは24時間体制で監視にあたっている。
近年の携帯電話ネットワークの安全対策は、2011年の東日本大震災を機に改められたり教訓にしたりしているものが多い。
東日本大震災において、災害発生直後は稼働していたにもかかわらず、時間をおいてダウンする基地局が多かった原因は、停電が続いたことによる予備バッテリーの枯渇だった。
しかし、数が多い基地局に対する予備バッテリーの強化といった電源対策には限界があるため、臨時的に広範囲をカバーする「中ゾーン基地局」「大ゾーン基地局」という考え方が導入され、人口の多いエリアや地域の重要施設、大型の基地局設備に対して設置されている。
中ゾーン基地局は、普段は通常の基地局と稼働しており、全国で2,000局以上が展開済み。
災害発生時に中ゾーン基地局として稼働させる必要がある場合は、遠隔操作を含めたチューニングでエリアを拡大させる。
中ゾーン基地局には停電時でも24時間以上の運用ができる電源対策のほか、伝送路の二重化などの対策も施されている。
大ゾーン基地局は、普段は停波しており、周辺の基地局の約3割がダウンした時に稼働させる設備。1つの大ゾーン基地局で、最大で半径約7kmまでカバーできる。
人口密集地や自治体の重要施設など全国106カ所に設置されており、都内には6カ所に設置されている。
アンテナなどのハードウェアは通常の基地局と大きく変わらないものの、設置場所の高度が非常に高いなど、より広範囲をカバーできる場所に設置されているのが特徴になる。
大ゾーン基地局は近年の改修で4GのLTEにも対応済み。これにより通信容量は従来の3倍に拡大されているという。
なお、大ゾーン基地局の設置が開始されてから、これまでに稼働した例は全国で1回のみ。
2018年9月の北海道胆振東部地震の際で、地震の影響で釧路市中心部で停電が長期化、広範囲で基地局のダウンが発生したため、対象になる半径約3kmにカバーエリアをチューニングした上で、大ゾーン基地局を稼働させている。
大ゾーン基地局を稼働させる基準になっている「周辺の3割の基地局がダウン」という状況は、伝送路(光ファイバー)の寸断や建物の倒壊といった直接的な被害に当てはめると、未曾有の激甚災害になるレベル。
釧路市の例のように、地震の直接的な被害でなくても、大規模かつ長時間の停電が発生した場合に大ゾーン基地局の稼働は起こりうるが、例えば東京都心では、電力網や光ファイバー網など、各インフラ会社はそれぞれ災害対策で強靭化を図っており、「3割ダウン」は相当に起こりにくいという見立てになっている。
都心の大ゾーン基地局は、港区(2カ所)、千代田区、墨田区、渋谷区、立川市の6カ所に設置。
品川駅から半径7kmをカバーする大ゾーン基地局、NTTドコモ品川ビルは、地上29階建てで、上層付近が張り出している独特な形が特徴。
品川駅に近く、JR山手線などで品川駅から北に向かう途中に見ることもできる。
各種のアンテナ設備はこの上層部の張り出している部分に設置されており、電波を通す特殊な布で目隠しされている形。
大ゾーン基地局のアンテナとアンプなどの設備は、ビルの最上階に相当する地上140m付近に設置。
ビルの4隅に設置されており、周辺の360度をカバーできるようになっている。
最大半径7kmで、周辺の約280の基地局のエリアを救済措置としてカバー可能。北は東京駅付近までカバーできるという。
NTTドコモは3日、携帯電話の空飛ぶ基地局と呼ばれる「HAPS(ハップス)」事業について、2026年中の商用化を目指すと発表した。
地震などで通信障害が起きた際に早期復旧できる体制の構築を目指す。
欧州航空機大手エアバスの子会社へ最大1億ドル(約157億円)を出資し、長時間飛べる無人航空機の技術で協力する。
HAPSは地上約20キロ上空の成層圏に大型無人機を飛ばし、数ヶ月にわたって飛行することで基地局とする次世代システム。
通信範囲が広がり、災害時のほか、地上の基地局ではカバーできなかった海上や離島、山間部で大容量の通信が可能となると期待されている。
KDDIは海上から地上に電波を送ることができる船舶型基地局を持つ。
人的作業や車載基地局によるエリア復旧が難しい広域災害発生時、対策の切り札となるのが「船舶型基地局」だ。その1つが「KDDIオーシャンリンク」である。
平時は海底ケーブルの敷設・保守船として活動する同船。
KDDIオーシャンリンクは1992年に就航した光海底ケーブルの敷設と保守を行うための船舶だ。
保有するのはKDDIグループの国際ケーブル・シップ(KCS)である。
船内は空母にも採用されている柱のない特殊な構造で作られ、長大な作業スペースを確保している。
ここに最大4500km分のケーブルを積載できる。これだけで日米をつなぐ太平洋横断ケーブルの約半分をまかなえる量だという。
敷設後の海底ケーブルの保守も重要な任務だ。
地震や漁業活動によってケーブルが切断・損傷した場合は、現場に出動して修理する。
特にケーブルが切断されてしまった場合の作業は困難を極めるという。
切れた部分をつなぎあわせるためには、切断部分の両側のケーブルを一度船内に引き揚げる。
その上で1つの海底ケーブルの中にある十数本の光ファイバーをつなぎあわせ、再び敷設する。
揺れる船内でケーブルを引き揚げ、繊細な光ファイバーをつなぎあわせる作業は非常に高度で、細心の注意が必要になる。
2011年3月11日に発生した東日本大震災の際には、日米間を結ぶケーブルなど多数の海底ケーブルで広範囲な被害が発生した。
出動したKDDIオーシャンリンクは約5カ月に及ぶ24時間態勢での修復作業を続け、同年の8月6日にようやく帰港した。
3.11を機に2017年から「船舶型基地局」の機能を追加 、この東日本大震災がKDDIオーシャンリンクに新たな役割が加わる大きな転機となった。
震災時は被害が広域にわたり、陸上での復旧活動も長期に及んだ。
道路は寸断され、現場はがれきに阻まれ、作業は遅々として進まない。
陸上での作業が困難なら、海上に基地局を立てることはできないか。
そこで船舶型基地局の実用化プロジェクトがスタートし、KDDIオーシャンリンクに白羽の矢が立った。
同船は、船内での作業をやりやすくするため、一定の位置に船を静止させておく機能が備わっている。
この機能は船舶型基地局の搭載船として求められる能力とも合致する。
発案から検討と試験運用を重ね、2017年には震災時に運用可能な「船舶型基地局」の制度化がなされた。
搭載する基地局設備は、沖合数km先に停泊した船舶から沿岸部のエリアをカバーするという。
船舶型基地局としての初出動は、2018年9月に発生した北海道胆振東部地震だ。
北海道日高沖に停泊し、エリア復旧の立役者となった。この際の復旧エリアは、船舶から日高町内の広範囲な沿岸部をカバーできたという。
この活動は船舶型基地局の日本で初めての運用である。
2019年9月には、千葉県を中心に甚大な被害をもたらした台風15号(令和元年房総半島台風)の復旧対応に出動。
エリア復旧に加え、支援物資輸送の大役も務めた。
なお、KDDIオーシャンリンクの母港は横浜だが、KCSは北九州を母港とする。
もう1つの船舶型基地局「KDDIケーブルインフィニティ」も保有する。
災害発生時、どちらかが出航中で不在の場合はもう1隻が出動するが、2隻とも出航できる場合は、現地への航行距離や所要時間なども考慮して、出動船が検討されるという。
船にはバックボーンの衛星回線用アンテナのみ常設され、その他の携帯電話用アンテナや基地局装置などは都度船内に運び込んで設置する。
波のある海上で安定した通信を確保するためには陸上の基地局とは異なるノウハウが求められ、運用中は船の向きの変化などに合わせたアンテナの微調整も必要になるという。
遠い外洋では光海底ケーブルの敷設・保守船として働き、災害があれば船舶型基地局に変貌し直ちに現地に急行する。
2つの顔を持つKDDIオーシャンリンク、KDDIケーブルインフィニティは、広大な海を行き来するネットワークの守り神なのである。
ドコモ・KDDI「船上基地局」で初の協力、能登半島地震の復旧、2024年1月1日午後4時ごろに発生した、石川県能登地方を震源とする最大震度7の地震は、人々の生活に欠かせなくなった通信インフラにも大きな被害をもたらしている。
地震から1週間以上を経過した1月9日午前時点で、NTTドコモとKDDI、ソフトバンク、楽天モバイルの携帯大手4社の基地局は、合計400局以上が停波。
石川県輪島市や珠洲市など5市町村のエリアに支障が出ている。
土砂崩れなどで陸路が寸断されたことが、能登半島地震からの復旧の遅れにつながっている。
被災したエリアの基地局まで、人や物資を届けることが難しいからだ。
そこでNTTドコモとKDDI、ソフトバンクは、船舶やドローン(小型無人機)、衛星を用いて通信の復旧に取り組む。
各社が東日本大震災以降、注力してきた海・空・宇宙からエリアを構築する通信技術が生かされている。
陸路で被災現場にたどりつけないのであれば、海上から通信インフラを回復。
NTTドコモとKDDIは1月6日午後、船舶に基地局を積み、海上から通信インフラを回復する「船上基地局」の運用を共同で始めた。両社が船上基地局で協力するのは初めてだ。
NTTグループの海底ケーブル敷設船「きずな」に、NTTドコモとKDDIの船上基地局を相乗りし、石川県輪島市の沖合から約1.7キロメートルの位置に停泊。
集落が孤立する輪島市町野町の一部を含む、船の半径数キロメートルの範囲で通信が回復した。