もっといい人とは、結婚を願うとき絶対あなたの前に現われません。

結婚で娘に伝えられる能力を持っているのは母親です。

男なんてみんな同じよ。

これが男の本質を言い当てている言葉だと。

結婚を魔法のように考えすぎている。

男なんて所詮みんな同じものよ。

この言葉こそ、真実である。

なぜならば、その女性が男の人にぞっこん惚れた。

その男はセレブで、実社会では会議を取り仕切ったり、5か国語を口にして様々な人とコミュニケーションができる。

そういう能力に女の人はぞっこん惚れて結婚するんだが。

家に帰れば男は大体同じ程度。

能力があるセレブで、実社会では会議を取り仕切ったり、5か国語を優に使うことができる。

そういう男が家で能力を発揮したとき、その男は女房にとって暴力になります。

家庭で表現するとき、女の人はものすごく不幸になる。

結婚とはいったい何なのか。

何のためにあるのか。

ベースは病気ベースと貧乏ベース、病気と貧乏に耐えるため。

そのために結婚する。

だから結婚というのは幸せを目指して歩くんじゃないんです。

結婚は病気になった時とつまずいた時のために結婚するんです。

一人では生きていけません。

これが男女ということでワンペアになると意外に耐えるんです。

看病するんです。

しゃにむに働くようになるんです。

結婚というのは、病気と貧乏という目標に向かってするものだという。

危機に対する我慢強さみたいなもの。

それが結婚に男女を誘導する。

どうすれば、アンハッピーな時に私を助けてくれる人か。

それがわかるのか。

簡単です。

それは二人で比較的貧しい旅をすればすぐにわかります。

貧しい旅をすると、その男の貧乏くさいところと病気くさいところの両方を見抜くことができます。

結婚にはもってこいの能力なんです。

私にふさわしい相手だったらば、本当の私らしさを引き出してくれるはず。

こんな風に夢見ている人がいるかもしれませんが。

結婚してそんなことは人生に絶対起こりません。

その人が私にふさわしい人だったらば、もっと自分らしさを発揮できる。

もっと元気になれる。

自己実現できる。

そういうことは人生に起こりません。

栄養補助剤や薬を飲んで健康を保っている。

実はその薬のおかげだと思っている。

信じている人はいませんか。

でもその薬が効いているかどうかは確かめようがありません。

なぜならば、この世の中にサプリを飲んでいない方はどこにもいないからです。

比較できない。

確認しようがない。

あの人と結婚した私がいない限り、あの人がいる場合いない場合は比較のしようがないわけです。

ですから、私らしさを引き出してくれるあの人、そういうことを考えてはいけません。

他者の呼びかけに応答する能力、これを塞いで自分の受け持つ仕事のみの高率に急ぐとき。

自分の体が発信してくるシグナルを聞き逃す。

そういう構造になりえます。

誰と結婚すべきかという問題に、自分だけの正解を求めないでください。

この人と結婚するべきかについてはどうぞ葛藤してください。

頭を抱えて悩んでください。

葛藤を経由しないと、自分の身体が発するシグナルに鈍感になります。

その矛盾に耐えられないと、その免疫不全になってしまいます。

一つの正解に囚われてしまっていると、自分の体の声を忘れてしまう。

自分の体のシグナルにもっと敏感でなければならない。

自分の体が発するシグナルに耳をふさいで、自分がやらなけばならない仕事に追われるという性格にしてしまうと過労死の危険性が出てくる。

過労死する人というのは、その仕事を嫌っている体のシグナルを無視してやらなければならないと思うモチベーション、動機に引きずりまわされてしまう。

給料がいいから頑張らなければならない。

やっと正社員にしてもらったから頑張ろう。

立派な会社に入ったから私は辞めることはできない。

何が何でも頑張るんだ。

一つの正解に囚われてしまっていると、その仕事を嫌っている自分の体の声を忘れてしまう。

体が嫌がっているどうしようもなことを、頭でねじ伏せようとするから体に矛盾が起きる。

そのため結婚て便利ですよ。

体が葛藤しているとき、パートナーがいると実に便利です。

妻が頭で一生懸命自分の体の悩みを押しつぶしているとき気付くのは夫です。

張り切っている割には、会社に行く足取りは重そうだね、ということを指摘してくれるのはパートナーです。

悩んだり心配事を揺さぶってくれる基、それが夫であり妻です。

それがいないと自分の体の事に関して全く気付かずにずっと遊びまくっている。

結婚していなければ、自分の体というものに関してほとんど悩まずに自分を騙してしまう。