最近、自分の中にある「自己嫌悪」や「自己否定」について考えることがあった。
たとえば、「なんでこんなこともできないんだろう」「まだ足りない」「もっと頑張らないと」――そんな声が、ふとした瞬間に頭の中に浮かんでくる。
でもあるとき、ふと気づいたの。
この感情、本当に“私”から出てきたものなんだろうか?
もしかして、誰かの思いを、私がずっと引き受けてきただけなんじゃないかって。
「祖母の思い」が、私の中にいた
私の中には、祖母の存在がとても大きくて。
祖母は、我慢強くて、遠慮深くて、まわりの空気を読むのがとても上手な人だった。
「人に迷惑をかけないことが一番」
「女の子は強く出ちゃダメ」
「誰かの役に立つことで、自分の価値が決まる」
そんな価値観が、祖母の中にはあったし、きっとそのまま私の中にも染み込んでいた。
私はそれを“自分の信念”だと思って生きていた。
でも、どれだけ頑張っても、どこかでずっと「足りない」「まだダメだ」と感じてしまう。
それって、私の本心じゃなかったんだよね。
「あ、これ、祖母の声かも」
ある日ふと、「これって私じゃなくて、祖母の価値観かもしれない」と思った瞬間があった。
そうやって切り離してみると、不思議なくらい心が軽くなった。
もちろん、祖母が悪いわけじゃない。
でも、祖母の信念を“私のもの”として抱えたままでは、私は私を生きられなかった。
「家族の信念」が、自分を縛ることもある
前にカウンセラーさんが言ってた言葉がある。
「家族の信念を見ると、自分が縛られてるものが見えてくる」
これ、本当にそうだと思う。
自分では“当たり前”になっていることが、実は家族の価値観だった――
そのことに気づいたとき、初めて「これはもう手放していいんだ」って思える。
自己否定は、もしかしたら“誰かの声”
今、あなたが感じている「モヤモヤ」や「苦しさ」、
それは本当に“あなた自身の声”ですか?
もしかしたら、それはあなたの大切な誰かの声かもしれない。
でも、たとえその人がどんなに大事な存在だったとしても、
あなたの人生を生きるのは、あなた自身だよね。
だから、こう問いかけてみてほしい。
「その声、本当に私のもの?」
そして、自分にとって“もういらないもの”だとわかったら、
優しく「ありがとう」と言って、手放してあげていいんだと思う。