ブログネタ:男と女の最大の違いとは?
参加中 給食残した小4女児に体罰 教諭を停職3ヶ月の懲戒処分に
兵庫県教育委員会は、給食を食べ残した小4女児(9)に体罰を行い、長時間にわたって怒鳴るなどした姫路..........≪続きを読む≫
[アメーバニュース]
給食残した小4女児に体罰 教諭を停職3ヶ月の懲戒処分に
2008年 8月08日 10時23分
兵庫県教育委員会は、給食を食べ残した小4女児(9)に体罰を行い、
長時間にわたって怒鳴るなどした姫路市立小学校の男性教諭(31)を
停職3ヶ月の懲戒処分にしたことを明らかにした。
同教諭は節水の目的で給食のカレーをきれいに食べてから食器を返すように指示したが、
女児が指示に従わず食べ残したとして、女児の両ほおをたたいたという。
その後も、ランドセルや机なども一緒に廊下に出し、
掃除の時間、授業が始まっても立たせたままで、
泣き続ける女児に対して長時間にわたって怒鳴り続けた。
女児はショックから不登校となり、急性ストレス反応と診断。
別の学校に転校している。
これに対して、ネットでは「叱るというより怒るになってるよね」
「叱ることは否定しないけど、やりすぎだと思う」
「親が叱らないから子供が叱られることに慣れてないのでは?」
「無理に食べさせようと殴る教師もアレだが、子供をいちいち転校させるのもどうかな…」
など、さまざまな意見が寄せられている。
http://news.ameba.jp/domestic/2008/08/16548.html#com
以下、資料5: 『人類の道理』続編 教育によって破壊された母体 より抜粋
親や教師の立場、権力で、いくら「速く食べなさい」「ちゃんと食べなさい」と言っても、
その食べ物を思うように呑み込めない人もいる。
とくに、人間の男と女では、創られ方がまったく違う。
要するに、現代人の呼吸。筋肉。血液の流れ。
これが解らないために、社会へ出てからも、様々に体を壊している人が非常に多い。
しかも今、全国の中学生、高校生の女の子。そのほとんどが内臓が下垂していて、その下垂を防ぐために
本能的に肩に力を入れ、呼吸は浅く、全身の筋肉が生きるために必要な酸素も、血液も回せないでいる。
それどころか、その親が、学校の先生が、そういった状態である。それでいて、普段は元気そうに見えても、
「私は首が重いよ」「どうしても肩が張る」「腰が痛い」「頭が痛い」「足がだるい」と言っている者が多く、
とくに女性の場合、その年齢には関係なく、生理の前後になると、起きて動いているのがやっとの状態で、
たとえばそれが学校の先生であるなら、もう何年もの間、「私はあとどれくらい持つだろうか…」
という不安を抱えながら、精神安定剤を飲みながら仕事をしている者までいる。創った側からすれば、
その体型、その格好で、よくも生きていられると思うほど、自分自身が変形していることに自覚もないし、
その状態では何をやっても、何一つ満足に成し遂げられるものではない。
それはもう、自分自身が一番よく知っているはずである。
とにかく、人間が生きるための絶対条件のひとつ、その呼吸が非常に浅く、ほとんど肩で呼吸をしているから
お腹の方に空気が入って行かず、全身に気と血の巡りが悪い。だから、何をやっても疲れやすい。
そして現在、義務教育の現場、小中学校へ通っている登校中の子供を見てみると、
そのように酸欠状態になっている生徒が非常に多い。しかも、内臓が下垂していて下腹部が膨れている。
ほとんどが、全身に必要な燃料である血液が回らないし、満足に回せない。
にも拘らず文部省は部活動というものを奨め、その親も、学校の教師も、「進学や就職のために」という考え。
あるいは、「若いうちに鍛えておけ」 「スポーツで汗を流すことがいい」…、それを「やればできる」として、
勝手な考えを子供達に押しつけ、男も、女も、体が弱い人も丈夫な人も関係なく、今も全国、
男女平等という中で、人間一人一人の、その創られ方を破壊するように、どの人も同じように教育している。
そもそも、1954年にはじまった戦後の学校給食制度によって、子供の体に栄養を付け過ぎたために、
現在、小学校三~四年生で生理が始まってしまう女の子が非常に多い。
このこと一つにしても大変な問題である。
たとえば女の子が朝、学校へ行く時に、
急いでご飯を食べても思うように喉の中に入っていかないのではないか。
それを「急いで、早く食べて」と言ってみても、入らないのに無理に食べさせているという状態である。
しかし言われた通りに、どんなに頑張ってみても、その子供の内臓は下垂していて
決して正常な位置にはない。
とくに女の子の場合、極端に下垂した内臓が
真っ直ぐ上へつながる体の中の中心を下へ引っ張っていて
そのために気管も食道も詰まっている。
だから呼吸が入ってこないし、咳も出れば、物を食べて飲み込む時も喉にひっかかる。
それは決して、食道にも気管にも問題なく、また喘息ということでもない。
要するに、内臓を支えておく おなか全体の筋肉、脾臓【ひぞう】が悪い。
教育はなぜ、このように自然界、および人間を破壊したのか。
とくに学校給食は、人間が生きるために迷惑なほどの男女平等教育に並んで
その代表的な教育公害である 。
現在も九年間の義務教育の中に学校給食というものがあり、
それは、学校給食制度というものが、昭和二十九年に制定され、
全国一律の教育現場で実施されるようになってから今日に至るまで、
育ち盛りの子供の健康を考え、栄養ある物、みんなで安心して食べられる物が様々に工夫され、開発され、
楽しい給食、おいしい給食という、作る人も用意する人も、それを食べる人も、
決して悪い考えを持っていたわけではない。
また、一般の食生活にしても、あらゆる食品添加物と共に、
現代の日本人は、もう何十年も、十二分に栄養ある物を口にしてきた。
今日これによって、人間の体がどうなっているのか。
必要以上に栄養価の高い物を食べ続けてきた子供も、その親も、
その肉体に、どのような影響を及ぼしているのか。
それでも、子供のことを考え、真面目に給食費を納めている家庭も、学校も、文部省も、政府も、
何か大きな問題にぶつかってみなければ解らないし、気づけない。
人間の食べ物は決して、学問や栄養学の知識によってあるものではないし、
人間が物を食べるということは、単に目で見て、それを選ぶものでもなく、
人間が食べた物は、胃からそのまま体内へ吸収されるものではない。
五味五臓【ごみごぞう】。少なくとも、五臓が、その時その物を要求し、食べようとしていたのである。
人間が生きるために必要とする食べ物は、すべて、五臓によって決められている。
それにもかかわらず、学校給食はすべて、食べる物、飲む物を統一化してしまっている。
そして、一日中じっとさせられ、九年間、規則に縛られて過ごさなければならない義務教育の中で、
今、子供の体が、その心が、どうなっているのか。どうして登校拒否をしてしまうのか。
どうして非行に走ってしまうのか。また、社会に生きる男と女は、今、どうなっているのか。
このことは、テレビなど、あらゆる報道の中で、今とても関心の高い問題でもある。
五味五臓といって、人間は決して「学問で食べる」「頭で食べる」という馬鹿げたことではなく、
五臓の好む味がある。心臓、肺臓、肝臓、腎臓、脾臓という臓器は、食べる物をちゃんと選ぶ。
だから、人間の食べ物という物も、栄養学のカロリー計算のように、絶対に計算して食べるのではない。
その時、臓器が必要とする食べ物が人間の食べ物、人間の食事、生きる絶対条件にある。
ところが、食べること。要するに補うという意味で、どんどんと上から入れることは考えるが、
「必要でない物を出す」ということは誰も考えていない。
最近、「漢方」ということが盛んに言われるようになってはきたが、
テレビや週刊誌の中の宣伝で我々の目にするものは全部が嘘で、
「何十種類もの生薬を配合」と言って、漢方の薬を作っていることも、絶対に漢方ではない。
漢方処方とは、少なくとも2種類以上。多くても4種類。それ以外は決して遣わない道理がある。
そのようにして、「それはここで効くんだ、これはここで支えるんだ、でもこれは毒だから出すんだ」
ということが漢方の処方である。
人間がどんな物をて食べても、口の中に入れた瞬間から、顎は動き出す。
唾液を分泌して中のに入って二時間経つと消化する。必要なものは肝臓にいく。
すると、必要でないものは肛門、膀胱から出てくる。
それを出さないから苦しみもあるし、世の中までおかしくなる。
そのために常に出す。
必要でないものは常に出すというがいちばん大事、生きるために大切なことである。
「こうしなさい、こうしなさい」と補うことではなく、
必要でない物を出すということがまず健康の秘訣である。
ところが、現代の健康産業の中で、
必要以上にある物を出すと考えてるところはない。
知識にしてもそうである。
人は必要以上の知識とか経済とか、
必要以上の美貌、見栄や体裁があるために、すべて自分を駄目にしてしまう。
教育。必要以上の知識、栄養学という学問の上から、カロリー計算、献立と、
様々に編み出し、必要としてもしなくても、
学校というひとつの教育の上から、その物を食べさせようとし、食べさせてきた。
そして毒も薬も、売る人も買う人も、あらゆる物を混ぜて、
それが「カラダにイイ」として想って食べて飲んでしまっている必要以上の知識、学問、教育が、
もう何十年もの間、人間の体を蝕んでいる。
栄養をつける、補給する、
どの人も、詰め込む、入れる、「補う」ということしか考えられない。
そして、必要以上の知識によって、現在、男も、女も、
必要以上に筋肉がおかしくなってしまったのである。
とくに女性の場合は、世間の言葉でいう女性ホルモンのバランスが変えられるほど
栄養価の高い学校給食により、必要以上に栄養を付けすぎた結果、
本来、十二歳~十三歳で月経が始まるものを
小学校三~四年生の時、まだ人間の女性としても体が出来あがらないうちに
「生理になった」という女性。 これが今も、現代人に非常に多くなってきてしまったのである。
人間の女性の月経、生理の期間というものは
決して、そのとき見た結果だけで判断して、「生理がはじまったから女性になった」ということではない。
既に母親の胎内、お腹の中にいる時に両方の卵巣の中に卵子を持って産まれてくる。それが、
一定の年齢に達した時、子宮壁が充血し、基礎体温をあげて排卵があり、
そこではじめて受胎態勢を整える。
そして、受胎がなければ子宮壁に充血した血液は汚血となり生理として下る。
また、受胎があった場合は子宮壁が充血した血液は羊水に変わる。
この自然界に起こる物事にはすべて、「いつ、どこで、なにが、どうなる」と完全に決められている。
しかも、女性の体がそのように受胎態勢を整えた時、必要とする者は雄。男である。
もしもその時、必要な行為が行われなければ、どの肉体にも、それを動かす心にも、
後々に大変な障害をもたらすことになる。そして、現代女性の生理不順の問題も含め、
学校給食、栄養学により、ホルモンのバランスが変えられてしまい、
初潮を迎える時期が早くなってしまっている。
これはもう、何十年も前からずっと続いていて、人間の母体は破壊されている 。
それがすべて、学校教育の関係である。
人間が創られた時、女性の生理というものは、十二歳~十三歳にからなって来るものである。
それをずっと振り返ってみて、小学校の三,四年生で生理になってしまった女性。五年生でなった女性。
少なくともその人達というのは、随分と体が悪いはずである。
それはすべて、教育によって そのような女性の肉体を造ってしまった結果である。
それでも決して、「悪い」と判って勧めたわけではなく、
あくまでも、子供の発育、成長、育ち盛り、健康を考えた教育の方法だったかもしれない。
しかし、学校給食ばかりでなく、栄養学という学問によって、健康になったという人はありえないし、現在、
栄養士という資格を持ち、働いている人で、それが女性ならとくに、
自分が健康であると自信を持って言える人もいない。
人間の築きあげてきた学問の知識とは、それほど単純で浅はかなものである。
しかも現在、この人達が妊娠しても、決して正常な妊娠ではない。
また、妊娠してお産をしたとしても、決して正常な分娩ではないはずである。
そして、できた子供も、一人として健康とは言えないはずである。
こうしたことを繰り返しているのが、教育、医学、学問なのである。
たとえば現在、何が原因で若い女の子、女性に、お小水が出なくて悩んでいたりする人が多いのか。
あるいは、失禁だとか、便秘という問題ひとつにしても、そうした、尿閉、貧尿、便秘、これが何であるのか。
尿道の上には膀胱があり、その膀胱の脇に子宮がある。
その子宮が完全に膣まで下がってきて、膀胱も、尿道筋肉も圧迫している。
そのために尿道筋肉がひらかない状態になってしまっている。
人間の尿道は、男も、女も、決して水道の蛇口ではないし、鉄のパイプでできているわけはない。
そのパイプを緩めれば、蛇口のように持つところを捻れば尿が出るというわけない。
要するに、必要以上に下垂してしまった子宮に圧迫されて、膀胱もその役割をまっとうできず、
尿道も正常にひらかなくなったということである。
そのことに一時も早く気づくべきである。
子宮とは常に動く臓器であり、生理中の女性は普段よりも子宮の位置が下がり、
それは本来、生理が終わると元の位置。自分自身の定位置へ戻るように創られている。
その子宮を支える腹筋。おなか全体の筋肉に、しっかりと内臓を支えておく力があるなら
膣の外まで子宮が出るということはない。
ところが現代日本人の女性はとくに、ほとんどの女性が最初から子宮が下がっているために、
もしも、生理中に必要以上に下垂し、膣の外まで子宮が出てしまうと、
体内の中心、内臓はすべて引っ張られ、咽喉はピッタリと絞まってしまう。
それによって呼吸が苦しくなり、死んでしまうこともある。
それを診たお医者さん、医学では、心臓麻痺とか心不全とか曖昧な診断しかできない。
たとえ解剖しても、死んだ後になって 全身の筋肉が硬直して内臓の位置が戻ってしまえば、
生きていた時の、その具体的な原因、死因は絶対に判らない。
それは決して、不慮の事故ではないし、単なる運動障害として片付けられる問題ではない。
そしてそれは、全国の学校で体育の授業中に学校の校庭を走らされている時に起こるのか。
体の筋肉が弱い人も関係なく激しい運動をさせる部活動の時に起こるのか。
登下校中にバスを乗り降りする時に起こるのか。
そして現在、必要以上に運動をしている女性。今の女子高生も女子大生も、中学生も、
この人達がどのような姿になっているのか。どういう形になっているのか。
親も学校の先生も知る由もない。
結婚をして子供を産んだことがあるとか、ある程度でも性的な経験のある大人の女性なら、
自分の子宮が下垂して、それがもしも膣の外へ出そうになれば、自分の膣の筋肉をキュッと締められる
かも知れない。しかし、中学生や高校生の女の子には、そうした経験があるとかないという以前に
できないし、そういうことは分からない。分からないために、極端に下垂した子宮が、そのまま膣の外へ
出てしまうこともある。
それがもし、部活動や体育の授業中に走っているうち、地面を蹴る振動で急激に起こった場合は、
もともと、お腹の筋肉に内臓を支える力がない子供の体において、すべて中の物は下へ下がってしまう。
すると当然、気管も下へ引っ張られ、咽喉が完全に絞まって、しばらく息ができなくなる。要するに、死に至る。
そのように、女の子、若い女性の咽喉が完全に絞まってしまったということは、
おなか全体の筋肉で支えることができなかった内臓が下垂し、
陰部、膣から急激に子宮が外へ出てしまったことによる結果であり、それによって
完全に呼吸ができなくなってしまう。これが死亡の原因である。
突然倒れて死んでしまったものを どんなに司法解剖してみても、現代の医学では、その具体的な死因は
何も解らない。死んでしまえば、その筋肉が硬直するから、一旦、膣の外に出た子宮は元に戻る。
だから医学では何も解らない。
このように、人間について解らない医学。そして教育の中での無理な運動の指導も、部活動も、それは
殺人行為になってしまうほど、男女平等という思想。教育というものは、現代人に危険である。
自分が生きるために必要以上の教育や宗教による知識や思想、戒律、男女平等という考え、
その拘り、勝手な権利の主張で、その女性、人類の母体は今、ことごとく破壊されている。そのひとつが、
文部省が奨励していてもいなくても、部活動というものを親も学校の先生も一緒になって薦めたばかりか、
今も、全国の学校の生徒が同じように教育されてしまうことにある。それは、もともと体が弱い人にも
丈夫な人にも関係なく、必要以上に体を動かし、疲れていても休むことが必要な時も構わず、
その肉体に感覚や自覚がなくなるほど、無理な努力や運動をさせた結果、今日、人間の世の中は
このような状態に陥ってしまったのである。
今後、一時も早く、文部省なり厚生省なりがこのことに気づかないかぎりは、不妊症と呼ばれてる女性は
ますます増える一方で、たとえ何かが産まれてきたとしても、
奇形児が産まれてくるし、その可能性は多くなっていく。
今後おそらく、妊娠しても、分娩しても、完全な子供は一人も産まれない。産まれたとしても、
何歳かになった時には必ず奇形児、身体障害者になっていく。
それは母体の中にいて、人間として形づくられる段階で一つも満足に成長していなかったということであり、
それが現実である。今それほど、この自然界が激しく変化する中で、人間は、産まれる前も産まれたあとも
育つ場所がちがう。
本来、正常な子宮の位置で妊娠してから、分娩、出産を迎えるという人間の雌、女、女性、母体は今、
決して、この自然界に定められた通りではない。
あらゆる動植物が、その子孫繁栄の義務を果たす時。そこにはすべてにおいて、決められた時期があり、
たとえば、稲作という種の状態から苗になり、それが田植え、稲刈りの時期を迎える間、
その自然界の稲も必ず、やがて秋になり、頭を垂れる堂々と立派な稲として大地に実るまで、それは、
いつに発芽して、いつ頃に分結し、何時に蕎麦がらみして、いつ結実するのかが決められている。
その過程に必要な日照時間、その時期も決して、人間が勝手に決めたわけではないし、決められない。
それはまた、稲ばかりでなく、この自然界に生息するあらゆる草木。雑草も、樹木も、すべての植物が、
いつ花が咲いて、その雄しベと雌しべがいつ交配するのか、季節の中で完全に決められている。
同じように、母体の中で育つ胎児の、その育つ経過。過程。人間が人間の形として、
しっかりと形づくられるために必要な期間。そこには、その生命の細胞分裂が始まる受胎の瞬間から、
この世に産まれ出てくるまでの間に、十月十日【とつきとうか】という取り決めがある。
そうして人間は、産まれて来てから、目も、耳も、口も、鼻も、五臓も手足も、自分に与えられた肉体を
自分自身の力で動かして生きられるように、その心も、体も、すべてを備えられ、
3千グラム以上で産まれてくる。それは決して、それ以下でもいけない。
要するに、水と水。水分と水分。その、目には見えない物の結合によってできた子供が、
本来、産まれながらにして先天性の身体障害者ということは、まずありえない。
それは母親の中、お腹の筋肉に支えられているはずの子宮の位置、卵巣との距離が、
人間が創られた通りに完全ではないために、その中で育った子供が、そういう形で産まれてくるのである。
たとえば、茄子も、トマトも、キュウリも、土に種を蒔いて その花が咲き、実を結ぶ時に、
茄子は茄子の形で大きくならんとする時、キュウリがキュウリの形で大きくならんとする時に、もし、
その成長を妨げる物が茄子の側に、キュウリの側にあったとすれば、その部分が変形した茄子やキュウリが
出来てしまう。それは商品として決して、世の中に通用しない物ができあがってしまう。
一般的に家庭の主婦の皆さんが、八百屋なら八百屋、スーパーならスーパーというところへ行ってみて、その
店前に並べられた野菜が大根でもジャガイモでも、そこで実際に自分の目で見て、何をどう選んでいるのか。
大根は真っ直ぐな物の方が使いやすいし、ジャガイモも人参も、それはおそらく、曲がったり変形していたり、
奇形ではない物を選んで、そこから持って帰るに違いない。
そして現在、人間の子供も、それがまだ人間として形になる以前に、母親の胎内にいて その育つ場所が
本来より ずっと狭い狭い場所で育つために、世の中へ出てきてからも丸まったままの子供になってしまう。
しかも、十月十日【とつきとうか】。その通り、その自然の分娩の通りではなく、病院や産婦人科の都合
によって産ませてしまう管理的な分娩によって産まれてきた子供もいる。
日曜日とか土曜日とか、祭日ということで、その当日に出産する予定の者は、前の日にするか、翌々日に
してしまうか、薬物などによって、その分娩までも押さえ、人間が産まれてくる日を変えてしまう。
これではとても、この自然界に完全な子供は産まれてこない。
全身の筋肉の血液の流れに余裕のない障害児、奇形児が産まれてくるのは当然である。
たとえば今も、母親の胎内にいた時の格好のままで産まれ、
その頭の形が母親の恥骨の形をしている子供が全国に大勢いる。
肉体が変形した尖頭症の子供も、男女の遺伝子異常も、
今日増え続けている奇形児出産も、アトピー性皮膚炎も、
人間が出生されることの、あらゆる異常がすべて、母親の内臓下垂に原因があり、それは
人類の母体が 教育によって破壊された事実である。
なぜ、そのままにしておいたのか。
平気でそういう分娩をやってしまう医学も、そのような状態を造った教育も、
人間が人間をつくること、産ませること、出産、育児について何か考える以前に、
人は今、自分たちを産んだ母体を破壊している事実に気づくべきである。
そして、親も子も、出来た結果のあとになってから、人権とか、保障とか、
己の権利を主張する前に、人間が今も、この自然界に生かされているという事実を認めるべきである。
たとえば流産という問題。それも自然界の道理である。そのままの状態では決して、
世の中に出てきてからも人間として生きてゆくことが大変になる。だから、
本人や母親の意思には関係なく下りる。
そのように創られている人間。そして自然界は今も、もっともっと厳しく動いている。
どうして極端に下腹部まで子宮が下がり、そこで妊娠したのか。
なぜに、そんな母体を造ったのか、できたのか。
それは全面的に学校教育が悪い。とくに、戦後の文部省(現在の文部科学省)の義務教育に問題がある。
勉強をするにも、体を動かすにも、
単純に「子供が弱い」「鍛える」「健康のため」という考え方で運動させることや
男も女も同じように教育してきた結果、今日、多くの女性の体。人間の母体は破壊されてしまっている。
男性と女性では絶対に創られ方が違う。だが男性と同じように運動や部活動ということをしてしまった女性は、
今日、大変な体になっている。
本来、この自然界に創られた人間として、走ることが女の仕事でもないし、素晴らしいことでもない。
柔道をやることが素晴らしいことでもない。 飛び跳ねることが素晴らしいことでもない。それは女ではない。
男女平等という考え方。その教育。社会の常識。その中にいて、女が男と同じように動き回り、鍛えたり、
男に勝るほどの女になってしまうことで、「今は大丈夫」という人も、いずれ必ず、
自分の肉体の異常と心が病めることになる。
そして今後この問題も、今よりも大勢の者が自分以外の他人にまで迷惑をかけるほど
社会を腐敗させる。その事実を目の当たりにした時、果たして人間は、人の世は、どうなってしまうのか。
教育というものは実に、人と自然界を破壊する公害である。
いつも長文で申しわけねぇな。