昔、親父が、
「社会に出たら他人の弱みに漬け込んで、
足元をすくってやろうと目を光らせているヤツらばっかりや!」
と、世間のドロドロとした汚い部分を表現してくれたが、
特にこのIT業界は、男女問わずそういう人間が多いような気がする。
今日は、業務後にも(こそ?)そのような力を発揮する人たちと接し、
この世界で生き延びる為には非常に捻くれた人間にならなければいけない、
そんな強迫観念に襲われた。
同時に、仕事は要領よくこなし、それ以外の場所では穏やかで優しい人間になりたい、
そう強く心に誓った。
しかしながら、そのような人間には今までほとんど出会った事が無い。
そこで、ちょっと考えてみよう。
要領が良いという事の自分なりの解釈は、
「物事のポイントを押さえ、小さなインプットで大きなアウトプットを得る事」だと思う。
他にも「要領が良い」と思えるような事はないだろうか?
他人に振れる仕事は他人に振り、自分の仕事量を抑えたり、
責任の範囲の切り分けをうまくやって、自分の責任の範囲を小さく押さえたり、
いわゆる「ずるさ」を持っている、というのも重要ではないだろうか?
そう考えると、「要領が良い」≒「ずる賢い」と言っても良いだろう。
「ずる賢い=ずるい+賢い」という言葉に分解できるが、
「ずるい」という言葉は「賢い」という意味をマイナスの方向へ増幅させているワケで、
純粋な「賢い」とは違う。
つまり「ずる賢い」は、単に「ずるい」ともニアリーイコールになってしまうのである。
そのような「ずるさ」を持ってしまった時点、つまり「ずるい人間」になってしまった時点で
もはや穏やかで優しい人間ではいられなくなる人が殆どだろう。
自分の感情が常に損得感情に動かされてしまうからだ。
そのような人はその「ずるさ」に振り回されているだけに過ぎない。
次のステップはその「ずるさ」をコントロールする事にあるのではないだろうか?
従って、私はそのような「ずるさ」を知った上で、
それらの考えを「仕事時のみ(もしくは必要な状況下のみ)許す」懐の深さを持ち合わせたい。
それが可能か不可能か、これから身をもってその答えを探したいと思う。
どんなときも「嫌な人間」にはならないよう最新の注意を払いつつ。
とりあえず面白くないので、今すぐ自分を磨く努力を始め、
「嫌な人間」を早々に見返してやりたいところだ。
思い立ったその瞬間に行動する事は、早過ぎる事も遅過ぎる事もない。
ベストタイミングなのだから。