『ぼくは子供の習い事を見るのが好き、窓越しに娘を見ているのが好き、ぼくと娘の間にある空間が好き、その空間があるからぼくは与えることができる、何の見返りも求めない眼差しを...』

 

私も含め、多くの親は、何かしらかの注目を子供に与える時、何かしらかの『見返り』も同時に求めています。

 

『かたずけしなさい!』→ かたずけるという見返り

 

『手を洗いなさい!』→ 手を洗うという見返り

 

『残さないで食べなさい!』→ 残さないという見返り

 

『宿題しなさい!』→ 宿題をするという見返り

 

『上着を着なさい!』→ 上着を着るという見返り

 

その例を上げたら切りがありません。

 

もちろん、このような『見返りを求める注目』を与えることは子育てをする上で必要です。

 

しかし、私たちはどの程度、『見返りを求めない注目』を与えているでしょうか?

 

『みて!みて!パパ!』っと子供が言ったら完璧に見てあげる。

 

『一緒にあそぼ!』っと子供が言ったら完璧に遊んであげる。

 

『ワーン!ワーン!』っと子供が泣いているのなら完璧にそこにいてあげる。

 

何かを『させよう』とすることなく...

 

今日、お子さんに会ったらあげてください。

 

『見返りを求めない注目』を、いっぱい!いっぱい!