いつも通りに仕事場には誰よりも早く着き、地下の静寂の中で奏でる自分の呼吸の音をバックミュージックに仕事の準備に取り掛かりました。

数時間後、『ワクワク』と共に過ごす楽しい仕事の時間がひと段落し、すぐさま読書を再開しました。そして、眼をそらすこともなく、かれこれ2時間程度で最後まで読み切ってしまいました。

そして、『食べない人たち』を閉じ、机に置き「今日から食べないでも良いかな...」っと心の中で呟きました。

 



私は十五年くらい前にも一週間程度、水とお茶だけで生活をしたことがあります。その時、何故『断食』をしようと思ったのか、その理由を今は思い出すことはできません。しかし、かなりの『決意と頑張り』が必要だったことを覚えています。

今回のようなかっ何の『決意も頑張り』もないものとはまったく違っていました。

私はその日に持参していた弁当を食べることなくそのまま持ち帰り、家族が食べられる物だけを冷蔵庫に戻し、感謝を持って捨てました。

そんなこんなで、私の『不食生活』はスタートしました。

特に特別なことをしているという感覚はなく、逆に特別であった『食べるという行為をしないだけ』っという感覚でした。

 

一日目:普段から一日一食〜二食程度だったこともあり、空腹を感じることもなくそれほどなく、食べないことに抵抗は感じませんでした。

 

身体を動かすことに関しても、いつも通りという印象でした。気分に関しては、とても冴えていて、いつもより何事にも集中できている感覚がありました。

 

二日目:多少の空腹は感じましたが、それに対してネガティブな印象はありませんでした。「食べいないのだからお腹が空くのは当たり前じゃない。」っ程度で特にそれが「食べるという行為」と直結しませんでした。

 

身体を動かすことに関しては、運動中に多少のパワー不足を感じましたが、それに関しても「食べてないんだから、そんなこともあるかもね!」っ程度でさほど気にもなりませんでした。集中力はさらに高まり、瞑想状態から眼を開けた瞬間の集中力が常に続いているような感覚でした。

 

三日目:空腹の感じにさほど変化はありませんでした。二日目同様にそれに対して『嫌な気持ち』はなかったので、それを取り除く必要もありませんでした。

 

身体を動かすことも今まで通りにし、仕事での運動、その後の格闘技の練習をしました。パワー不足を代償に高まった集中力を手に入れたため、いつもより効率的なおかつ効果的にできた感じがしました。この頃から何となく時間がとてもゆっくりと流れているような感覚を持ち始めました。

 

四日目:空腹な状態が当たり前になったため、特に気になりませんでした。食べ物のことを考えることもなく、逆に『食べ物のことを考えなくなったことで得た開放感と有り余る時間』を楽しんでいました。

 

運動に関しては、この日からさらなるパワーダウンを感じ始めましたが、「それもまた良し!普段パワーがあり過ぎだったんじゃない!」っ程度で気にもせずにその時の状態でできることをしました。

 

時間の流れはさらにゆっくりとなり、動作だけでなく思考もゆっくりとなってきているのを感じました。実際に時間がゆっくりと流れるようになった訳ではないが、一つ一つの動作、思考をより観察できるようになり、第三者が自分の動作と思考を外から観察しているような感じがした。『日常生活が常に瞑想状態で行われている感じ』っと表現するのが最も適切かもしれません。

 

五日目:この時点になると、『空腹のこと』や『自分が食べていないこと』にそれほど意識がいかなくなりました。そして、仕事や格闘技、そして読書や言葉絵を描くことに、食べていた時とは比べものにならないほど多くの時間を費やすことができることに『快適さ』を感じていました。

 

身体は、四日目と同様程度のパワー不足を感じていたものの「パワーなんてそもそもいらなかったんじゃないの?」っと逆に疑問に思うほどでした。


そして、私はこの気分が続く限り、この『不食の生活』を続けようと思っていました。

 

『ある出来事』が起こるまでは...

 

次回に続く...