こんにちは。

 最近私の中で盆栽と日本の子育てが被ってしまってかつて美しいと愛でていた盆栽が虐待を受け、捻じ、曲げられた痛々しい姿にしか感じられなくなりました。


 小さなその木の育成に適した形でもない器に根を押し込み、信じられないほど長い寿命の古木が何代にも渡る専門家の手入れを受け続けられ、奇怪かつ芸術的な樹形に育て上げられた姿を愛でる。(少しでも手入れを怠ると枯れてしまう)

 盆栽の樹齢程に価値観も変化しなかったからこそ成り立った芸術で、ある意味島国日本の長い平和と恒常性の執着が如実に現れた芸術ではないかと思います。

 戦後世代の親は、経済復興途上で自分達がしたくても出来なかった事や自分の夢を子供達に託せばよかったのですが、たくしきれず、盆栽を育てる様に強要し、子供の人生を乗っ取り、自立できない様に育ててしまった人達が多かった様に感じます。

 親による子供の人生の侵食も、親子で将来像が共有でき、力のベクトルを合わせて二人三脚で頑張れ、子供の意志力が親を凌駕た場合大きな成功をもたらすと思いますが、そう言ったケースは稀で、親世代の方が意思力が強く子供を高圧的に抑え込み、古い価値観が子供世代まで色濃く継続され時代錯誤な状況から脱却出来ていない様に感じます。

 失われた30年、精神科医や心理療法師のウェブ配信を見るとさらにバブル世代以降の方も自分達が受けた子育てを因習してしまっているケースが多い様で残念でなりません。

 自己肯定感が持てず、ティーンエイジャーから生きづらさを感じ続け、高校の頃から肉体がなく魂のみが浮遊する世界ならどんなに良いだろうと思っていた私ですら、つい最近まで自分の存在を肯定できない原因は自分自身に原因があり、一生懸命子育てしてくれた親に対して申し訳なく情けないと思っていました。

 親は社会的に成功者で強烈な意志力があり、そのとんでもないパワーを庭師が盆栽を育てる様に使いました。悪いことに私の親は私に示す完成系の青写真が無く、自分が世間に自慢できる子供であれば良いという漠然とした物を期待し、常にそのレベルにない私は心配され叱られ続け、私が語る将来の夢は親が思うものとは違っていたので、否定されたり無視されました。

 けれどダメだから心配という形で親の気を引くことができていた私はそこに自分の存在意義を見出し、こうすれば良いと判っているのに肝心の所で動けない、判って墓穴を掘る行動を選択する失敗癖から中々抜け出せずにいます。

 幼少期から培われ培ってきた考えの癖を治し行動を改善することは容易ではないと日々感じています。

 若い人が家族関係の負の連鎖で悩んでいる投稿を見ることが度々あり、若くで気づけて素晴らしいなと思います。

 テクノロジーの変化が加速し、AIが進歩していく中、高齢者のみならず自分達中高年世代の多くも学び続けねば世の中のお荷物でしかない様な気がします。

 健康年齢を伸ばし、定年を延長するだけではこの変化が速い時代に全く有効性が見出せない気がしてなりません。

 人口減少高齢化がダイレクトに国力低下という話が多いですが、ビジネス形態が変化し、国際化が進む今、国力と人口の相関関係は薄れて、思考停止の本当の意味での老化年齢の個人差も大きい様に思います。

 私はAIを上手に使って生涯現役で幸せな充実した人生を歩んでいきたいと思います。

 支配的な性格で過干渉になりがちな方は自分の人生に集中してそれでも力が有り余るなら盆栽を趣味にしてペットを飼い、子供と距離を置いて付き合う、経済的に余裕があるならボーディングスクールも良いと思います。

 親が子どもの為と深い愛情を、何の専門知識もないまま誤って子供に注ぎ続けた挙句がお互い不幸というのは悲しすぎてあまりにも残念です。

 最後までお付き合い頂きありがとうございます。