先日、昨年の歌舞伎俳優、中村勘三郎さんに続き
市川団十郎さんの訃報がありました。
そのことについて書かれた本日の朝日新聞の天声人語に、
歌舞伎界を支える大物2人の早すぎる死を指して
「歌舞伎界の神様は昼寝でもしていたのか」
という一句がありました。
早すぎる死を悼む心、
故人に対しての深い尊敬の念、
故人が歌舞伎界全体を背負っていたことへの賛歌、
が、ぎゅっとつまった表現だと読んでいて震えました。
どうしたらこんな一句が出てくるのか、
と疑問に思って朝日新聞のWEBサイトを見てみました。
<天声人語について:名物コラムの舞台裏>
http://tenjin.asahi.com/about/history.html
東京・築地市場の目の前にある朝日新聞東京本社。大勢の記者がせわしなく行き交う報道局から一つ階を上がると、しんとしたフロアの一角に論説委員室がある。その一番奥、隅田川を見下ろす窓辺のデスクで、天声人語は生み出される。
いま、その席に座るのは、福島申二(しんじ)、冨永格(ただし)の両論説委員。2007年4月から交代で書いている。ともに55歳。福島論説委員は社会部を経て、イラク戦争の開戦時はニューヨーク勤務。9・11テロ後の米国社会や大統領選を報じた。冨永論説委員は経済部を経て、ブリュッセル支局で欧州統合、ユーロ導入を取材。パリ支局長も務めた。
天声人語には603文字分のスペースがある。そこに何を、どう刻むか。2人が大事にしているのは「できるだけ新鮮なニュースを題材にする」ということ。
取り上げるテーマは、基本的に執筆の前夜か当日に決める。執筆中に大ニュースが起きれば、テーマを切り替えることもある。昨年3月11日には、執筆中に東日本大震災が発生。当然、一から書き直した。
テーマが決まったら、起承転結を考える。

冨永格論説委員(左)と福島申二論説委員
天声人語は、五つの「▼」で区切られた六つの段落から成る。最初の段落は、読者をグッと引きつける「つかみ」で、筆者が苦労する最初の関門である。
この段落の出来栄えがコラム全体の印象に影響する。2人は常々、印象的な言葉をメモし、机の引き出しにストックしている。
第2~5段落では、その日のテーマの説明や、それにまつわる議論の紹介などが中心となる。
最後の第6段落は、コラムの結論。「読後感」を左右するため、極めて重要だ。ニュース面に載っている解説記事の結論と同じでは面白みがない。どうやってコラムらしい余韻を残しながら締めくくるか。夕刻、筆者はパソコンを前に悩み、言葉を絞り出す。
毎日、筆者が出勤すると、机には読者からの感想の手紙が届いている。毛筆によるお叱りの手紙があれば、励ましの絵はがきもある。文中で触れた詩や句、本に関する問い合わせも多い。「常連さん」のはがきが数日来ないと、「何かあったのかな」と気になる。
一通一通に目を通した後、603マスと格闘する一日がまた始まる。
さらりと書かれていますが
「2人は常々、印象的な言葉をメモし、机の引き出しにストックしている」
という一節がまさに肝なのではと思います。
「印象的な言葉のメモ」は一体どれくらいの量がストックされているのか。
毎日30個集めていたとして、ご経験年数を考えたら、
数千どころではなく、1万、10万、100万という単位で
集められているのではと想像しました。
文字通り、十分な数の材料を集めた上で、最後に
「パソコンを前に悩み、言葉を絞り出す」
からこそ、冒頭のような珠玉の一句が生み出されるのでしょう。
アウトプットをひねり出すために、
日々、本当に文字通り十分な数の材料を集められているか。
単に読過ごす、聞き過ごすのではなく、
使うときに机から引き出せる形でストックをしているか。
改めて考えさせられた一句でした。
「歌舞伎界の神様は昼寝でもしていたのか」
忘れられない言葉です。