今日は、たたみちゃんのblogに触発された感覚を書いてみます。
「自分の生涯をかけるミッションは何か」
という問いで、連想するのは、
10月のblogでご紹介した「神々の巓」という漫画に出てくる
クライマー・羽生丈二(フィクション)です。
とにかく山に登ることを生きる目的とする羽生はこう熱く語ります。
「山をやっていなければ自分はゴミ以下の人間だ。
山屋は山屋だから山に登る。だから山屋の羽生丈二は山に登るんだ!
どんなときだって山に登る。
幸福な時にも山に登る。不幸な時だって山に登る。
山に登らない羽生丈二はただのゴミだ」
そんな羽生が、「人類という種が、単独で行えるギリギリの行為」
と言われるエヴェレスト南西壁冬期無酸素単独登頂」に挑み、
頂上を目の前に酸素不足と疲労で幻覚が出て、力尽きそうになる
ときの独白が忘れられない言葉です。少し長いですが以下↓
「さあ・・・・・立て たちあがるんだ
体力がひとしずくだってのこってるうちは
ねむるなんてゆるさないぞ
ゆるさない
足が動かなければ手であるけ
てがうごかなければゆびでゆけ
ゆびが動かなければ 歯で雪をゆきをかみながらあるけ
はもだめなら目であるけ
目でゆけ 目でゆくんだ めでにらみつけながらあるけ
めでもだめだったら
それでもなんでもかんでもどうしようもなくなったら
ほんとうにほんとうに ほんとうのほんとうにどうしようもなくなったら
もうほんとうにこんかぎり あるこうとしても だめだったら
思え
ありったけのこころでおもえ
想え——― 」
鳥肌が立ちました。
本格的な山登りなんてしたことはない私ですが、
超人的な状況下の描写の中でのこの言葉の熱さがあふれていました。
そして、こうした意識は、ある特定の時だけ気を入れる、という人からは
出ないのだと感じました。
「幸福なときも不幸なときも、どんなときも関係なく山に登る」
という信念を持っている羽生だったからこそ、と感じられました。
上述の独白はあまりにインパクトが強くて、
なかなかblogに書けていなかったのですが、
たたみちゃんのおかげで書くことができました。
刺激が沢山でありがたい日々です。