昨日は妹の結婚式に参列しました。
自分は神前式という形式での参列がそういえば初めてでした。
神職と巫女に導かれ、朱傘の下で新郎新婦や親族が社殿へと歩みを進める、いわゆる参進の儀というやつでは
明治神宮に溢れるもの凄い数のインバウンドの方々や参拝される日本人の方々に最注目を浴びますので
なんかアトラクション的でいい経験になりましたね。
明治神宮の境内奥にある奉賽殿にもこういう機会じゃないと立ち入る機会がないですし。
そもそも一番下の妹は自分に割と似てるといいますか
結構淡白なとこがありますので、結婚式なんてやる柄かと思いましたが
やはり披露宴は着替えなし(ドレスも着ず)、親への言葉もなし(なんなら一言も発せず)、イベントもなしという感じで
自分を客観視している感じでイヤでしたね笑
親族と友達を招いた飲み会でしたね。
妻曰く、生きるのがめちゃくちゃ上手いということです。
親的には末っ子の結婚式というのは人生の一つの区切りということでしょうかね。
親父なんか娘の入場シーンにビール瓶持って違う卓ほっつき歩いてるわ
始終僕の車と自分の車のガレージと駐車場の位置ばかり気にしているわ
(まあバイク盗まれたばっかだら仕方ないけど)
今まで参列してきた結婚式の(擬似)円満親子像からかけ離れてましたがね。
ところで、上記のように一般的な人生の区切り的なものと僕は無縁なので寂しくなりましたね。
娘がいたら、僕ならエスコートして入場したいすもん。
でも区切りてなんでしょうね。
僕はね、大学出てからHIPHOPと言いますか
まんまHIPHOPから日本語ラップみたいなもんを聞くようになったんですが
フローという言葉が好きなんですよね。
人生に明確な分岐なんてものはなく、基本的には流れに身を任せて。
波の揺らぎの中にいるのが心地いいんだと思いますし
たまには波打ち際まで寄せてみたらいいですし。
力抜いて、赴くままに。でも考えることだけは辞めずに。
そしたら勝手にいいフローになってるんじゃないでしょうか。
今日も楽しいお話を聞かせていただく機会があったのですが
時代の変遷の真っ只中で、それを楽しんでいる人がいたら、差は明白です。
大山もハンターハンターに触れてたので僕も触れますが
ありふれた毎日の日々の中降りてくる全てのものに感謝 です。
患者さんがきてくれることは普通じゃないですし
僕が朝チャリに乗って仕事に行けることも普通じゃないですね。
うちの猫が今日の朝も相変わらずご飯を要求してくることも普通じゃないです。
明治神宮の森は鬱蒼としていて
案内がなければ時間性や場所性が失われます。
そういう時は流れに身を任せて、思うままに。
勝手に感謝が生まれてきます。
大好きな唄を添えて。
