糖尿病は、犬猫さんでも比較的よく遭遇する内分泌疾患です。
「血糖値が高くなり、インスリンを使う病気」というイメージは皆様もご存知でしょう。
もちろん間違いではありませんが、治療中の方も多いのでもう少し詳しくお話ししましょう。
そもそも犬と猫では糖尿病の成り立ちがかなり異なりますし、
「一度血糖値が高かった」というだけで糖尿病と診断できるわけでもありません。
特に猫では、動物病院に来た緊張だけでも血糖値が大きく上昇することがあります。
今回は全4回の第1回として、治療の話に入る前に、
まず「糖尿病とは何が起きている病気なのか」「どのように診断するのか」を整理してみたいと思います。
糖尿病では、このインスリンが十分に分泌されない、あるいはインスリンが存在していてもうまく作用しない、またはその両方が起こります。
すると血液中にはブドウ糖がたくさん存在しているにもかかわらず、細胞はそれを十分に利用できなくなります。
その結果、身体は「エネルギーが足りない」と判断します。
簡単にいうと、エネルギーはあるけど、使うことができないという状態が糖尿病です。
肝臓ではグリコーゲン分解や糖新生が進み、脂肪組織では脂肪分解が起こり、筋肉などでは蛋白異化も進みます。
つまり、上述したように、血液中には糖が余っているのに、身体の中では飢餓反応が起こっているという、一見矛盾した状態になります。
これが糖尿病を理解するうえで非常に重要なポイントです。
さらに血糖値が腎臓で処理できる範囲を超えると、尿中へブドウ糖が排泄されます。
ブドウ糖とともに水分も尿へ引っ張られるため尿量が増え、身体は失った水分を補うために水をたくさん飲むようになります。
そのため、
「最近、水をよく飲む」
「おしっこの量が増えた」
「食べているのに痩せてきた」という変化は、糖尿病の非常に重要なサインになります。
ここまでは犬と猫で共通しています。
しかし、糖尿病が「なぜ起こったのか」を考えると、犬と猫にはかなり大きな違いがあります。
犬の糖尿病では、膵臓のβ細胞機能が低下し、インスリンが不足している状態が主体となります。
そのため、臨床的な糖尿病になった犬では基本的にインスリン治療が必要になります。
一方、猫ではインスリン分泌不足だけでなく、「インスリンは存在するけれど効きにくい」というインスリン抵抗性が重要です。
肥満、膵炎、グルココルチコイド、先端巨大症につながる高ソマトトロピン血症など、さまざまな要因がインスリン抵抗性を悪化させます。
現在のガイドラインでも、糖尿病と診断した猫では糖尿病そのものだけを見るのではなく、治療反応を妨げる併発疾患を探すことが重要視されています。
つまり、「犬の糖尿病」と「猫の糖尿病」をまったく同じ病気として考えない方がよいのです。
実際、2026年のAAHA糖尿病ガイドラインでは、犬と猫のガイドラインそのものが分けて作成されています。
猫ではSGLT2阻害薬というインスリン以外の選択肢も登場し、犬と猫の治療戦略はさらに異なるものになっています。
(逆にちゃんと理解して使わないと、効かない猫も多いので、そのせいで治療困難になってい猫も多い印象を受けます)
では、糖尿病はどうやって診断するのでしょうか。
犬では比較的わかりやすく、多飲多尿、体重減少などの典型的な症状があり、持続する高血糖と尿糖が確認される、という組み合わせが診断の中心になります。
2026年AAHA犬糖尿病ガイドラインでも、典型的な臨床徴候がある犬で血糖値200 mg/dL以上、尿糖が確認され、ほかに高血糖を説明できる原因がなければ糖尿病を支持する、という考え方が示されています。
猫は少し事情が違います。
猫には「ストレス性高血糖」があります。
病院に連れてこられ、キャリーから出され、知らない人に触られ、採血される。それだけで血糖値が大きく上昇する猫がいます。
そのため猫では、「病院で血糖値が高かった=糖尿病」とは限りません。
現在のAAHAガイドラインでは、猫の糖尿病診断には「持続的な高血糖」を確認することが重要とされています。
その証拠として、フルクトサミンなどの糖化蛋白の上昇、あるいは非ストレス環境・家庭環境で複数回確認された高血糖や尿糖などを用います。
ここでよく登場するのが「フルクトサミン」です。
フルクトサミンは、血液中の蛋白質にブドウ糖が結合したものです。
猫ではおおむね過去7~10日程度の平均的な血糖状態を反映します。
つまり採血した「その瞬間」の血糖値とは違い、少し長い期間の血糖状態を見ることができます。
猫のストレス性高血糖を考えるうえで、これは非常に便利です。
ただし、フルクトサミンにも落とし穴があります。
糖尿病の初期では正常範囲になることがあります。
また、蛋白の代謝状態にも影響され、甲状腺機能亢進症や蛋白喪失性腸症などでは実際の血糖状態より低く評価される可能性があります。
したがって「フルクトサミンが正常だから糖尿病ではない」「高いからコントロール不良」と単純に判断する検査ではありません。
単独の値より、臨床徴候や血糖値、尿糖、そして経時的な変化を合わせて評価する必要があります。
近年はHbA1cなど、ほかの糖化蛋白についても研究されています。
ただし、人の糖尿病診療と同じ感覚でそのまま犬猫へ当てはめることはできません。
特に猫のHbA1cについて、2026年AAHAガイドラインは臨床利用のためにはさらに検討が必要としています。
そして、もう一つ大切なのが「糖尿病と診断したところで診断を終わらせない」ということです。
糖尿病の背景には別の病気が隠れていることがあります。
犬では膵炎、クッシング症候群、発情に伴うホルモン環境、グルココルチコイドやプロジェステロンなどが問題になります。
猫では肥満や膵炎に加え、高ソマトトロピン血症、甲状腺機能亢進症、薬剤なども考える必要があります。
だから糖尿病の診療では、「血糖値が高い。インスリンを始めましょう」だけでは不十分なのです。
なぜこの子が糖尿病になったの?、治療を邪魔する病気はないの?今この子に起きている高血糖は本当に持続的な糖尿病によるものなの?
そこまで考えて初めて治療へ進むことができます。
特に猫ではこの考え方が重要で、2025年のiCatCareコンセンサスガイドラインも、猫糖尿病の管理には一つの「正解」があるわけではなく、併発疾患、臨床状態、飼い主さんの生活環境などを含め、個々の症例に合わせて治療を組み立てる必要があるとしています。
そして糖尿病治療の目的は、血糖値を綺麗にすることではないです。
最終的には、その犬猫さんが糖尿病を抱えながらも良い生活を送れることが治療の目的です。
ここを勘違いして数字だけを追いかけると、糖尿病治療はかえって危険になります。
次回は、ここから実際の治療へ進みます。
「犬と猫ではどのインスリンを選ぶのか」「最初は何単位から始めるのか」「血糖曲線をどう読むのか」、そして現在かなり普及してきたフリースタイルリブレなどの持続血糖モニタリングをどう使うのか。
第2回は、犬猫の糖尿病における「インスリン治療と血糖モニタリング」をかなり実践的に掘り下げます。
では。