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こんにちは。
36歳、2014年卒、開業8年目の獣医です。
日々の徒然を無責任に綴ります。
あくまでも一つの意見としてお受け取りください。

 

前回は、無菌性結節性脂肪織炎を題材に、

 

「免疫介在性皮膚疾患では病変の見た目だけではなく、免疫反応が皮膚のどこで起きているのかを考えるべし」という話をしました。

 

脂肪織炎では、炎症の主座は皮下脂肪組織でした。

 

今回はもっと表層、表皮を構成するケラチノサイトそのものが傷害される病態について書きます。

 

 

取り上げるのは、多形紅斑(erythema multiforme:EM)、Stevens–Johnson症候群(SJS)、中毒性表皮壊死症(toxic epidermal necrolysis:TEN)です。

 

病理組織学的には似た所見を示すことがあり、獣医学では疾患概念そのものの整理が人医学ほど統一されていません。

 

そして何より重要なのは、EMと診断された患者の中に、実際にはSJS/TENスペクトラムとして扱うべき重症例が紛れ込んでいる可能性があるということです。

 

まず、EMとSJS/TENは同じ病気なのでしょうか?僕もよくわかっていません。

 

ここから少しややこしい話になります。

 

古い考え方では、EM、SJS、TENは重症度の異なる連続したスペクトラムとして扱われることがありました。

 

しかし現在の人医学では、基本的にEMとSJS/TENは別の疾患概念として整理されています。

 

EMは典型的な標的状病変、いわゆるtarget lesionを特徴とし、感染症を契機として発症することが多い疾患です。

 

一方、SJS/TENは薬剤との関連が強く、広範なケラチノサイト死と表皮剥離、粘膜障害を特徴とする、生命を脅かし得る重症薬疹です。

 

SJSとTENは同一スペクトラム上にあり、人医学では表皮剥離面積によって、

 

SJS:体表面積10%未満

SJS/TEN overlap:10~30%

TEN:30%超 と分類されます。

 

つまり、EMとSJS/TENを分けた上で、SJSとTENを剥離面積で分けるのが、人医学の基本的な考え方です。

 

ところが獣医学では、ここがまだきれいに整理されていません。

 

過去に「EM」と報告されてきた犬猫の症例の中には、

 

現在の人医学的基準を当てはめるとSJS/TENに近い症例が含まれている可能性があります。

 

反対に、獣医学ではEMとSJS/TENを連続した病態として扱う報告もあります。

 

したがって、「病理でEMと言われたから軽症」とは考えない方がよいらしいんです。

 

病理診断名だけではなく、臨床像、粘膜障害、表皮剥離面積、全身状態、病変の進行速度、薬剤歴を統合して判断する必要があります。

 

多形成紅斑(EM)では何が起きているのでしょうか。

 

EMは犬では比較的まれで、猫ではさらにまれな炎症性皮膚疾患です。

 

病理組織学的な中心は、ケラチノサイトのアポトーシスです。

 

アポトーシスとは、細胞が制御された機序によって死ぬ「プログラム細胞死」簡単に言えば自殺です。

 

壊死のように細胞が無秩序に破裂するのとは少し違います。

 

では、なぜケラチノサイトが自ら死ぬのでしょうか。

 

現在考えられている重要な機序が、細胞傷害性T細胞による攻撃です。

 

薬剤、感染症、ウイルスなど何らかの誘因によってケラチノサイト表面の抗原性が変化すると、

 

免疫系がそのケラチノサイトを「排除すべき細胞」と認識する可能性があります。

 

するとCD8陽性細胞傷害性T細胞などが病変部へ集まり、標的となったケラチノサイトへ細胞死シグナルを送ります。

 

結果として、免疫反応 → ケラチノサイト傷害 → アポトーシス → 表皮障害という流れが生じます。

 

犬のEMは宿主特異的な細胞性免疫反応を反映する疾患と考えられており、

 

病変ではリンパ球の表皮内浸潤に加え、ケラチノサイトにおけるICAM-1やMHC class IIなどの発現変化も報告されています。

 

要するにEMは、皮膚に炎症が起きているというより、免疫系が特定のケラチノサイトを標的として排除している病態と考えると理解しやすいと思います。

 

EMという名前を聞いたとき、最も典型的なのが標的状病変(classic target lesion)です。

 

中心部、中間部、外側部からなる3層構造を形成します。

 

中央部の色調変化、その周囲の淡い領域、さらに外側の紅斑。

 

まるで射撃の標的のように見えるため、この名前がついています。

 

犬では腹側、皮膚粘膜移行部、口腔、耳介、鼠径部などに病変が認められることがあります。

 

ただし、すべてのEMが美しい標的状病変を作るわけではありません。

 

扁平な非典型的標的病変、紅斑、丘疹、水疱、びらん、潰瘍などとして現れることもあります。

 

ここで重要なのは、「target lesionがないからEMではない」でもなければ、「target lesionっぽいからEM」でもないということです。

 

人のEMでは単純ヘルペスウイルス感染などとの関連がよく知られています。

 

犬では原因がより多様です。

 

薬剤、細菌感染、ウイルス感染、ニューシスチス肺炎、パルボウイルス、食物、腫瘍、特発性などが報告されています。

 

とある雑誌で紹介されている犬のレビューでは、44頭中59%が薬剤関連と判断された一方、

 

別の34頭の検討で、人医学の薬剤因果関係評価基準を適用すると「薬剤関与の可能性が高い」と判断された症例は19%にとどまりました。

 

これは重要です。

 

薬を飲んでいる患者に皮膚病変が出たから薬疹というほど単純ではありません。

 

反対に、「以前から飲んでいる薬だから関係ない」とも言えません。

 

必要なのは、薬剤投与開始と発症の時間関係、薬剤中止後の経過、既知の薬剤反応、感染症や腫瘍など他の誘因を一つずつ評価することです。

 

犬ではトリメトプリム・スルファメトキサゾールなどのST合剤、ペニシリン系、セファロスポリン系などとの関連が報告されています。

 

猫でも薬剤関連症例が報告されていますが、ヘルペスウイルス感染との関連も考慮されます。

 

抗生剤が逆に皮膚炎を起こしている可能性があるということは知っておくべきだということですね。

 

EMを疑った場合、確定診断において皮膚生検は非常に重要です。

 

典型的な病理所見は、リンパ球性サテライトーシスを伴うケラチノサイトのアポトーシスです。

 

サテライトーシスというのは、アポトーシスを起こしたケラチノサイトの周囲をリンパ球が取り囲むような像です。

 

境界部皮膚炎を伴うこともあります。

 

病変が進行すると、単発のケラチノサイト死だけではなく、表皮の融合性壊死、びらん、潰瘍へ進展することがあります。

 

ただし、病理だけでEMとSJS/TENを完全に切り分けることは困難です。

 

SJS/TENになると、病態のスケールが一気に変わります。

 

TENは犬猫、人のいずれでも生命を脅かし得る疾患です。

 

皮膚炎で人が死ぬんです。

 

病理学的には、広範なケラチノサイト死と表皮全層の壊死が中心になります。

 

EMでは散在性のケラチノサイトアポトーシスが目立つのに対し、TENでは表皮全層が壊死してしまう結果、表皮と真皮の結合が失われます。

 

でずる剥け状態になるわけです。

 

皮膚には非常に重要な仕事があります。

 

水分を身体の中に保つ、電解質を保持する、細菌などの侵入を防ぐ、体温を維持する、外界から身体を守るなど。

 

TENで表皮が広範に脱落すると、このバリア機能が失われます。

 

すると、体液喪失、電解質異常、体温調節障害、疼痛、二次感染、敗血症といった問題が生じます。

 

したがって重症TENは、病態としては広範囲熱傷に近い管理が必要になります。

 

SJS/TENを疑うとき、非常に重要なのが粘膜です。

 

皮膚粘膜移行部を丁寧に確認します。

 

SJS/TENでは複数の粘膜面が障害されることがあります。

 

そして臨床的には、発熱、食欲不振、抑うつ、疼痛、といった全身徴候を伴うことがあります。

 

だから、「皮膚に赤いところがあります」という主訴でも、口を開ける。目を見る。肛門周囲を見る。外陰部や包皮を見る。

 

ここまでやらなければ病変の広がりを過小評価する可能性がありますので、身体検査はどんな場合にも大切だということです。

 

今回の記事の参考にした資料に、非常に示唆的な症例がありました。

 

6歳10か月齢のアイリッシュ・セター。

外耳炎に対して、スルファメトキサゾール・トリメトプリム、いわゆるST合剤が約2週間投与されていました。

その後、右前腕部のびらん、肛門粘膜のびらん、下腹部の紅斑、結膜充血・浮腫、鼻周囲のびらん、体幹部の環状紅斑、などが出現します。

病理組織では表皮に境界部皮膚炎が認められ、表皮角化細胞にはアポトーシスと空胞変性が散在していました。

初期には、ST合剤誘発性EMと診断されました。

原因と疑われたST合剤を中止し、プレドニゾロン 2 mg/kg SID POを開始します。

ところが第5病日、角膜潰瘍が出現したためプレドニゾロンは1 mg/kg SIDへ減量。

第7病日には新たな紅斑が出現し、再びプレドニゾロンを2 mg/kg SIDへ増量し、シクロスポリン 5.3 mg/kg SID POを追加します。

びらん部にはセフセラーゼを局所塗布しています。

しかし第14病日に全身状態が悪化します。

さらに播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation:DIC)が疑われ、集中治療が必要な状態になります。

最終的に死亡しました。

 

この経過をどう考えるかということです。

 

病理だけを見ればEMを支持するのでしょうが、臨床経過は、単純な軽症EMでは説明しにくいです。

 

資料でもSJSあるいはTENの可能性を否定できない症例として考察されています。

 

ここが重要で、病理診断と臨床診断は、必ずしも同じ階層の情報ではないということです。

 

病理がEMだから患者も「EMという軽い病気」と決めてはいけないので、臨床って難しいですねえ。