いやー、浅井家の先代 久政が不機嫌そうだなとは思っていましたが、まさか幼稚な嫁いびりをするとはねぇ。お市が信長に礼状を書いていれば、「浅井の内情を織田家に知らせる気か」とネチネチ。信長からの京土産である鏡をこれ見よがしに焚火へ投げこませる。『小公女セーラ』でも、ここまであからさまなイジメは見たことがないよ!
しかしヒーロー浅井長政は炎に手を突っこんで鏡を救い出しました。足で蹴るとかすればよさそうなもんだけど、お市の大事なものを蹴ることはできなかったのかなぁ。いずれにせよ、ろくに目も合わせてくれなかった お市が心を開いてくれてよかったね。長政が渡せなかった土産の鏡もお市が受けとって使ってくれてるようだし。
……でもさ、すべてが長政の策略だったら怖いよね。お市と仲良くなるために、わざと鏡を焚火に投げこませ、自ら救出する自作自演だったりしてさ。こんなひどい疑いをかけるのは、10年くらい前のドラマの再放送を見てたら、浅井長政役の中島歩さんが2作続けて連続猟奇殺人犯だったせいです。どんなに誠実な役を演じていても、一抹の不安を拭いきれない。
三好三人衆を撃退した信長を、戦国のボンバーマンこと松永久秀が訪ねてきました。わずか20mを進むうちに2回も襲撃される嫌われっぷりに、信長も大爆笑。このふたり、1996年大河ドラマ『秀吉』では、豊臣秀吉と石田佐吉(のちの三成)でした。
松永久秀は、主君 三好長慶の身内をつぎつぎに暗殺して長慶を精神的に追いこんで死なせたとか、13代将軍 足利義輝を暗殺したとか、東大寺大仏殿に放火して全焼させたとか言われて、極悪人扱いされています。しかし、いずれも濡れ衣のようです。
久秀は三好長慶に忠実に仕えており、将軍暗殺も久秀が奈良に隠居した後に三好三人衆と久秀の息子 久通がやったこと。その後久秀は三好三人衆と対立して奈良の街で合戦になってしまい、大仏殿が焼失しました。おそらくただの失火でしょう。
名物茶器コレクター久秀は、信長に九十九髪茄子(つくもがみなす)の茶入れを献上しました。茄子形というのは、なで肩の丸っこいタイプの茶入れです。高価な茶器と引き換えに、大和一国の支配を認めるよう求めました。公方さまではなく、信長に。室町幕府の権威が下がりきってるもんねぇ。
信長は副将軍就任を断る代わり、堺での権益を将軍 義昭に求めたと言われています。権威なんか一銭にもならんからな。自治都市 堺を支配する商人集団 会合衆(えごうしゅう/かいごうしゅう)から矢銭2万貫文を取りたてよと、信長は藤吉郎に命じました。それにしても2万貫文(20億円か)とはすごい金額です。単純計算だけど、4万石の大名の年貢収入1年分だよ? ポンと出せる額ではない。
松永久秀の案内で訪れた堺の街は、たしかに2万貫文を支払えそうなくらい栄えていました。南蛮渡来の品々も多く取引きされ、ドラゴンフルーツを皮も剥かずに丸かじりしている人がいました。腹を下しても知らんぞ。
茶人としても知られる今井宗久(スマホを持ってる秀吉だった人だ!)は信長に従うのが時の流れと考えて協力的でしたが、津田宗及やタイムマシーン3号は新参の信長に乗りかえる気にはなれないようです。矢銭2万貫文を差し出せば、代わりに鉄砲300丁を買い上げて儲けさせてやる、という脅しまじりの提案にも薄い反応しかしません。それどころか……。
永禄12年(1569年)の年明けを信長は岐阜で過ごし、将軍の側近たちも多くが所領に帰ったその隙に、阿波から戻った三好三人衆が六条堀川の本圀寺を襲撃しました。13代将軍 義輝暗殺の折に二条の御所は焼け落ちてしまい、義昭は本圀寺を仮の御所としていたのです。
出典:れきちず
この地図は1800〜1840年ごろのものなので東本願寺がありますが、本圀寺の位置関係は信長のころとだいたい同じだと思います。本圀寺はいろいろあった末に昭和44年に山科区へ移転しています。当時は本圀寺あたりが京都の南西端で、南と西は田んぼです。本圀寺は水堀を巡らすなどの防御施設があったので、仮御所に選ばれました。
織田家が買い上げるはずの鉄砲は、三好三人衆に売られてしまいました。会合衆め! そして三人衆に加勢していたのは、美濃国主だった斎藤龍興。稲葉山城落城後は木曽川伝いに伊勢へ逃れ、さらに流れて三好三人衆の庇護を受けていたのです。元気そうで何より。
将軍 義昭は果敢にも敵の矢に身をさらして兵を鼓舞しました。「ヘナチョコ過ぎて将軍の器ではない」と明智光秀に言われちゃった2020年『麒麟がくる』版の義昭とは大違いだな。しかし平地の平城でしかない本圀寺での抗戦には限界がある。自らがオトリになって味方が脱出する隙を作ろうする義昭を小一郎が止めました。
三好三人衆に2度目の将軍殺しの汚名を着せたところですぐに忘れられる。百姓にとっては誰が将軍でも同じこと。侍は潔く死ぬのが美学だろうが、百姓は泥水をすすっても来年の豊作を期して生きのびるだけ。民の暮らしを守る資格と責任がある将軍なら、どうか無様に生きのび、豊作を、平和をもたらしてほしい。
将軍を守りきれなかったら、信長と兄に大目玉を食らうと言う小一郎に、義昭は表情を緩めました。こやつに命を預けてみよう。しかし、こんなことになったのも、三好の祟りかもしれぬ。本圀寺は三好家が篤く信仰した寺で、信長から「接収しない」という確約を得ていました。なのに将軍御所にされちゃってたんですね。これは信長が悪い。
三好の祟りという言葉をヒントに、小一郎は一芝居打つことにしました。三好三人衆に「三好家ゆかりの本圀寺を焼いたら、東大寺大仏殿が焼失したときのような悪評が立つ。将軍がここを出ると言っているので、それを待ってほしい」と僧侶に化けて嘘をつきました。同席していた斎藤龍興は何かに気づいたようです。そうだよ、稲葉山城の抜け穴から出てきたアイツだよ!
とりあえず時間を稼いだけど雪が激しくなり、斎藤龍興が「寺を燃やして暖を取ろう」と雑なことを言いだしたその時、織田方の援軍が到着しました。その大将は、矢銭を取り立てに堺へ行っていた藤吉郎。カフェインの覚醒作用でひらめいたのは、銭さえ払えば何でも揃う堺で傭兵を集めることでした。数は100人ほどと少なくても、公方さまと小一郎が殺される前に駆けつけるんだ!
三好三人衆は慌てて逃げだしました。公称1万の大軍だったそうですが、実数はもっと少なかったと思われます。堺より南の和泉国から密かに上陸したとはいえ、あまりに多いと都に着く前に察知されたでしょうから。ほかの部隊も接近しているだろうし、ここはいったん退却だ。
小一郎が敵に囲まれながらも落ちついていたのは、藤吉郎が必ず来ると信じていたからか。家督争いを避けるための慣習で幼いころに出家させられたため兄との思い出はなく、妬みしかないと言う義昭は、木下兄弟がうらやましくなったのでしょうか。あの兄弟を自分のものにしたいと言い出しました。お? おおお?
会う人全員に好かれるのは主人公補正ってものですが、義昭が信長よりも木下兄弟に好意を持ってるってことはさ、今年の本能寺は四国説ではなく、義昭&秀吉黒幕説なの? おおお、面白くなって参りました! 義昭が北条義時の直垂を着ていただけのことはあるな! 陰謀上等だ!




