『青楼美人合姿鏡』、案の定売れませんでしたねぇ。吉原マニアのオーミー(今週もサービス問題)がわざわざ蔦屋まで来て褒めちぎってたけど、買ってくれたのかな。買った人に見せてもらっただけだったりして。
結局売れ残りを馴染客への贈呈用に引き取ってもらい、本作通算4度目・蔦重個人として2度目の階段落ちをお代として頂戴しました。駿河屋女将 ふじは最初に蔦重が落ちた時も今回も顔色を変えずにお菓子を食べ続けていましたが、蔦重がケガをしたと気づくと慌てて駆けよりました。というか、やっぱり階段から落ちたらケガするんだね。今まで無傷だったのがおかしいんだよね。
『青楼美人合姿鏡』が売れなかったので、忘八たちの半数ほどは市中の地本問屋を頼ることにしたようです。リーダーは若木屋 与八(本宮泰風)。Vシネマで日本統一しそうなのに、むしろ吉原を分裂させちゃうの?
かねてからの懸案だった日光社参が行われました。江戸城から日光までは約160km、3泊4日の行程です。先頭が日光に着いたのに最後尾は江戸を出ていなかったなんて言われていますが、さすがにそこまでのことはなかったようで、作中では「全員が江戸城を出るまで12時間」とナレーションが入りました。
以前田沼さまと源内先生が話していた通り、社参で儲けを出す策も実行されていました。見物している大黒屋 りつが持っていたのは『日光御社参供奉御役附(にっこうごしゃさんぐぶ おやくづけ)』。行列の参加者を見分けられるように、名前・家紋・毛槍(鞘に白いポワポワを付けた飾り槍)などの情報をまとめた冊子です。社参の少し前に刊行されており、板元はおそらく幕府への運上金(営業税)を支払ったことでしょう。
社参見物に出かけたカボチャの旦那こと大文字屋は、お座敷の余興である俄(にわか)を吉原の祭りに仕立てて客を呼ぶという策を思いつき、目玉として浄瑠璃 富本節の継承者 富本豊志太夫(午之助)を招こうとします。そして実務はもちろん蔦重に丸投げしました。だよね。
しかし馬面太夫こと富本豊志太夫は、吉原を嫌っていたので協力を断りました。役者がお大尽のお供で座敷に上がるのは問題ないんですが、客としては泊まれないのが慣例です。役者のことを河原者とか河原乞食とか言いますが、まともな戸籍を持たない人たちが京都 鴨川の河原に住み着いたことが語源。法による保護も規制も受けない、税金も当然払わない、人外の存在として差別される人たちなのです。
馬面太夫は市川門之助とともに身分を隠して登楼したものの、若木屋は彼らを「稲荷町め!」と罵ってつまみ出しました。芝居小屋に祀られたお稲荷さんのそばには端役しかもらえない役者の大部屋の楽屋があり、そこから転じて下手な役者を稲荷町と呼びます。そこまでひどいことを言われたのに、吉原の賑わいに貢献する気にならんわな。
他派の妨害で襲名できない馬面太夫を説得する手土産として、浄瑠璃界全体に影響力があるという鳥山検校から襲名の許しを貰おうとする蔦重たち。瀬川花魁 改め 瀬以が鳥山検校の御新造さんになっているというツテを使うのは気まずいねぇ。あんな涙を押し殺した別れの直後の回だもん。
検校としては数ある流派の中から富本節だけを優遇する理由がなく、協力を断りました。別に蔦重への嫉妬とかじゃないと思う。高利貸しが世間で嫌われていること、心はカネで買えないことくらい、鳥山検校は心得ていますよ。それでも苦手な人ごみに出かけていき、馬面太夫の実力を認めて襲名の根回しをしてくれたのは、蔦重の役に立ちたい新妻 瀬以への愛ゆえのこと。愛と筋肉が重すぎる。
最終的に馬面太夫と市川門之助の心を動かしたのは、基本的には吉原から出られない女郎たちの悲哀でした。大文字屋と大黒屋は、女郎たちを向島まで連れ出して太夫と門之助に詫びを入れました。浅草・吉原から見て隅田川の向こうだから向島と呼びます。
楼主自らが付き添っているからこそ女郎たちは隅田川を越えられたのであり、そこからさらに南下して日本橋の芝居町まで行くなんて夢のまた夢。本物の役者を相手に『仮名手本忠臣蔵』一力茶屋の段をなぞって目隠し鬼に興じ、本物の富本節を聞けたことは、女郎たちにとって一生の思い出になるはず。
芝居を見ることもないまま年季明け前に死ぬことも多い女郎たちに、吉原の俄祭りで声を聞かせてやってほしいという蔦重の頼みを、馬面太夫は食い気味に引き受けました。これを断ったら男が廃るってもんよ! そして蔦重はもののついでに富本節の直伝正本(権利元の許可を取った浄瑠璃本)の出版の許しまで取りつけました。ちゃっかりしとるなぁ。
じつは富本節の直伝正本は、馬面太夫の襲名記念に鱗形屋から出版されるはずでした。しかし襲名が延び延びになっている間に、蔦重が横から権利をかっさらっちゃったんですね。鱗の旦那、泣かないで!
いらいらしながら帰宅した鱗の旦那を待っていたのは、『金々先生栄華夢』で起死回生の大ヒットを飛ばした恋川春町こと小島松平藩士 倉橋格(くらはし いたる)でした。じゅうぶんな謝礼を出せないのに新作を書いてもらうことを済まながる鱗の旦那に、春町は居住まいを正しました。
小島松平藩の家老が偽板の罪を鱗形屋だけに押し付けて逃げたのは、男のすることではない。小島藩士として鱗形屋を見捨てることはできない。男気を見せる春町に鱗の旦那は感激し、また気まずい思いもしたでしょう。商人だからといって鱗形屋を見下さない春町。だったら、吉原者だからといって蔦重を見下す自分たちは?