生活としてのカンフーに耽溺する時によく思うことがある。

 

 

 

 

私が今の師父に入門したのは40を過ぎてからだ、今はそんなことで悩むことなどあり得ないがついこの前まで、

 

 

 

「 遅過ぎたのではないか/これをやって私はどうなるんだろうか? 」

 

 

 

というセルフトークとしばしば戦っていた、だが他流のカンフーを若い時分に体験していた為にその葛藤こそが登竜門だと理解していた為今日まで続けて来れた。

 

 

 

 

コレは経験していないときっと私も今頃、年齢に関係なく地獄行き人類のクソ従業員やクソ兵士であったはず、そしてこういう地獄に堕ちた堕スピがよく吐くクソフレーズ、

 

 

 

 

「 お金をくれたらやります/いい事があるなら/ご利益があるならやります 」

 

 

 

金をくれると言われたら、ご利益があると言われたらイワシの頭ですら神棚に上げて祭りナムナム念仏を唱えられる連中が分かり易い、だが無意味だと思ったら、要するに成果が得られない時間に耐えられない人に多いが飽きたら次のご利益のある別の偶像やお金のもらえる簡単な次の案件を探すジャーニーに生涯を費やす。

 

 

 

 

だが今の私はカンフーの先ではなく今日のカンフー、( まだ「今」にはれていない)、をどこまでできるかに焦点が当たっておりこのまま死ぬまでにどこに辿り着き、何者になるのかと自問することは無くなった。今日の科目を、今のカンフー科目に集中することが日々の生き甲斐だ。

 

 

 

そんな素人が見れば奇抜なカンフームーブをやって強くなろう、その格闘技で他者を圧倒したいのかなどと未だによく周囲から咲われる、日本時代から私のルーティンを観る他人に必ずこういう同僚や友人に囲まれてきた。

 

 

 

 

「 そんな廃れた踊りや我慢で強くなれる訳無いだろう、柔術/キック/MMA、とにかくソレが使えるからウチに来い‼️ 」

 

 

 

『 いや結構です、私がコレが好きなんです 』

 

 

 

と普通に心の細波さえ立てずに答えられる様になったのも最近のことだ。外人空挺連隊時代はもちろん少し前までは、

 

 

「 バカにしやがって‼️ 」

 

 

 

と憤怒に灼かれて笑

 

 

長年の習い性となったボクシングの練習ルーティンがどうしても捨てられず生活に偏りが出ていた。

残念だが人間歳を食うと同時に1日24Hのルールから人間は逃れることはできないという事実に、極端に言い換えれば、

 

 

 

墓場まで全てを持ってゆく事はできないという事実、

 

 

「 1日24Hの中で取捨選択し厳選したモノに注力して育ててゆく事しかできないのが人生である 」

 

 

という事を学ばされる、だから自分の信念、国家でも会社でも個人でも戦略が必要でそのプリンシパルがブレてはゼロに戻るルーティンをありがたがって生きていたら戦後日本国の様に再生後80年経っても何も積み上がらずカスしか残らない結果となり世界からその内消えてゆくという学びを得る事になる。

 

 

 

 

先日ある日本の友人から誘われた私には高度過ぎるwhat's upアプリからlinkで誘われたsnsで繰り広げられるクソ遊び好きな友人のやり取りを見せてもらった、私も昭和生まれだが今を輝く沢山の昭和生まれがいる中で懐かしい我々国防昭和オヤジの友人に、当初は懐かしいと感じた左翼反戦バカ、昭和期に戦争中の日本戦争犯罪コレクションのお披露目をやってるバカの生き残りとのやり取りを見せてもらった。

 

 

 

結局SNS交流とは目眩がするくらいの時間とエネルギーのムダだと再認識する一方で、何より感情という強み/弱点を持つ人類にとっての最凶の罠なのだと再認識する体験をした。

 

 

 

結局のところ私の友人は右翼というほどの自覚もないが私から見たら中立に見えはするが戦後日本国では右翼カテゴリになるSNSでヒートアップすれば尚更世間から見れば右翼に見えるんだろう、相手の左翼教師みたいな人もどんどんヒートアップしてその本性が丸裸に成ってゆく様がとても心に刺さった、そして何より恐怖だったのはそこに勝者はいないという事実、

 

 

「 議論で戦う両者は等しく贄(ニエ)であり、市場のエサ、養分である事実 」

 

 

であった。私はアメーバをやるけれど師父に過去何度か、

 

 

「 しっかりしなさい、健全なカンフーを心がけなさい 」

 

 

 

という趣旨の注意、だが私にはありがたい指導を先月また頂いた。それはやっぱり、

 

 

 

「 カンフーはもちろん人生を進めるのは全て行動、学び/訓練の実行動であり空気中に広がるクソお喋りや吠え合い/罵り合いではないのだよ 」

 

 

 

という真理の教えだったのだ。最近フォローする「 市場監査人 」というブロガーさんは鋭い面白い記事を書く。

 

 

 

 

市場とは人間の感情を揺さぶってその人生を喰って成長する、そしてそういう市場で生き残り成長する者たちは感情を決して市場にはくれてはやらない人種で私の知る億万長者と同じ、実名公開など愚かな事はしないし個人情報も全て秘匿しつつビジネスをする。

 

 

 

仮にビジネスでコンサルをするにせよかなりの高額と守秘義務を課す念の入れ様、それはいつか気功コーチもやっていたがそれは単に実はチンケな売り物が販売前に世間やカモにバレない為の単なるカモフラージュではなく、この約束事の設計者の真の目的は

 

 

 

 

「 自身の感情、生体エネルギーの防御の為なのだ 」

 

 

 

いくら70歳にも関わらず40代にしか見えない徹底した正しい生活に従う彼の様な人種でも人間個人としてのポテンシャルには必ず限りがある、そして現代の勝ち組はその大切な個人リソースを絶対に安売りをしない、タダでくれてやるなど以ての外だ。

 

 

 

だからSNSを運営はしても絶対に参加などしないしましてや不毛な議論など参加してエネルギー漏れなど絶対にしないのだ。

 

 

それを思う時、私自身が現代市場のピエロから抜けたい抜けたいと喚きながらも抜き切れていない未だ無様なカモ人生の生き方をしている事実を思い知らされる。

 

 

 

だが、カンフーと聞いて、

 

 

 

「 ソレ、強いの?使えるの? 」

 

 

 

と少しでも思う人は最初からやらない方がいい、そしてそういう人は恐らくこっち側の人ではない。

 

 

友人にも私の練習を見て眉を顰める者もいたしフランスに人生をシフトした今も変わらずにいる、だがそれは私自身の問題、カンフーという私のレベルでは蝶の蛹という脆弱な状態で何かをその体内で練って一生懸命モゾモゾしてる状態、それは一生続いてそのまま死んでゆくかもしれない私自身の訓練であり生活ルーティンなのだ。

 

 

 

他人の歯磨きや洗面、食事などを公開しても仕方がない、仮に誰かの目に留まったとしてそれが何だと云うんだ❓

 

 

私のカンフーとは今の段階ではそういうモノだ。

 

 

師父が、現代の生の戦いではカンフーは効率が悪い、という発言は単にリングに上がって勝時を、雄叫びを上げたい動機なら、生の暴力で有位性を求めるならMMAやそういう粗暴でリアルな格闘技や護身術に行きなさいという事。それは同時に師父がいつも云う、禅と格闘技の違い。私は生活ルーティンに組み込める練習以上はどうやらできないという事に気がついてカンフーに取り組み自分の人生に初めて取り組めている気がする。

 

 

 

カンフーはフランスのスーパーや書店で売っているお年寄りや不倫その他の背徳に無縁な世界中の主婦/夫に人気のアイテム、

 

 

「 スウドク 」のテキスト

 

 

 

 

に似ているなと思ったことがある。

 

 

 

よく電車やバスが来ないフランスでは遅延が当たり前、その時間を安く有意義に過ごす為におじいちゃん/おばあちゃんが退屈時間を作らぬ為にこういうモノの需要が絶対に無くならない。続けていたら懸賞に当たる事ももあるらしいからそれなりに楽しいらしい。

 

 

 

だがやっぱり違う、カンフーは自分の人生生活そのもの、取り組む以上いついかなる時も自分という個体本体内部の前進進化はできる禅であり、それは暇潰しではない。

 

 

 

これに取り組むことで人生が成長して前進する。

 

 

 

「 あくまで禅なのだ 」

 

 

 

難易度の高い套路を最初はその動作に耐えられる体と心をゆっくり作り、そこに作用する物理的/精神感情的な力の正体を解明してゆく作業、その時にカンフー以外の事、今日のご飯やおやつ、この後控えている恋人との待ち合わせなどの他のイベントなど一切考えてはなら無いし、ましてやそれを外から見て誰かが嗤っていたとしてもそれは自分にとって何の関係も無い事なのだ。

 

 

 

 

それができない人/その価値がわからない人にまだカンフー/禅は早すぎる。

 

 

 

 

先ほど話した現代社会(人喰い市場)とは、それが発達した現代社会、最も平和だと言われる日本国こそ効果的にその罠が機能する環境の揃った恐ろしい危険な国だと私の目には映る、どんな思想や主張を持っても良いが、それらを熱く主張すればするほどこういう人達の人生は削られて遂には消えてゆく。

 

 

それはフランス人人生など1発で消し飛ぶ人間挽肉器、Man eater社会。

 

 

戦後日本国とは進化前進の国ではない、

 

 

「 その国民の人間力を内部で兎に角発火させて人間を消費消耗枯渇させパーにして回る悪食焼却炉だ 」

 

 

 

 

そういう意味では現代社会で生き残るには完全に自立/自律した個体になり切ったマインドセットを中心に自己を鍛え上げる習慣が不可欠だ、そして他人と付き合うのも構わないがどんなに親しくてもその罠を知覚できずに片足を突っ込んで尚、自覚の無い人を決して救おうとしてはならない。

 

 

今の私にとってのカンフーとはエゴを戒める肉体/精神の保存とコントロール技術という事になるんだろう。と思った。