「そうなんだ」
僕は上の空だった。明日は仕事の大事な会議があって資料をまとめなくてはと急いで会話を切りたかった。
今からやれば夜には終わる。
しかし妻の口から出たのは「離婚」だった。
離婚という言葉を聞いて耳を疑った。
「えっ?」
間抜けな音が口から出た。
急に何を言っているのかワケがわからなかった。
なんとも理由は子供の面倒を見ない人は要らないとかなんとか。
ふざけたことを言う奴だ。
家族を養う為に汗水たらして働いて月一回の飲み会も制限して何が悪いんだと正直思った。
「何を言っているんだ」
好きなこともできない、仕事が忙しいのに何を言っているんだ。
妻は運動会も四者面談も参加しない父親は要らないと怒鳴った。
それに、スキンシップが無くて女として見られていないと泣いた。
正直、妻を女として最近は見なくなった。
最近と言っても、もう数年だ。
抱くことも無くなり一人で済ますことが大半だ。
だからといって、別れると言うのはおかしいだろう。
妻は子供がもう大きくなったから別れたいと一点張りで、新しい人生を歩みたいとヒステリックに泣いた。
僕も気持ちは冷めていたので了承した。
子供も自立する時期だ。
何方につこうとも会うことはできるだろう。
妻は冷たい人、今までの思い出を紙一枚で終わらせる気と喚く。
女の気持ちはわからない。
話が二転三転と変わる。
先程までは別れたいと今では別れたくない様な事を言っている。
「どうしたいんだ」
と言うと別れると言う。
面倒な生き物だと思った。
僕が冷たい人間と言えばそれまでだが、僕はこれまでそう生きてきたはずだ。
昔は子煩悩で私を大事にしてくれたし、愛してくれたのに今のあなたは何もない。
と叫ばれ、僕は空を仰いだ。
「金なら持って帰ってるだろう」
これは自分でも最低だとは思った。
それしか家庭に関わってなかったことに気づいた。
そして気づいた頃には手遅れだった。
妻は用意していたであろう緑の一枚の紙を僕の前に差し出した。
だいぶ前から書いていたんだろうそう直感で思った。
会話も少なくなり、僕からも話さなかったし、目も合わせることもなかった。
子供とも最近合ってない。
父親でも旦那でもなくなっていた。
「ごめんな」
そう言う事しか出来なかった。
妻は最後に笑って謝ってくれてありがとうと泣いた。
今までの思い出を振り返り子供が小さい頃の思い出しかないことに気づき僕は自分を責めた。
明日の会議の事もどうでも良くなっていた。
最後の思い出に写真をとりましょうと妻は言った。
一枚の写真をとり、妻は用意していた荷物を持って部屋から出た。
静かな空間が僕を襲った。
こんなに静かな家だったかと僕は離婚届を見て涙を流した。