「さよなら」
そう呟いて彼女は6畳のワンルームから出て行った。
【帰った。】が正解なのかも。
そう、俺達は結婚しているわけでもないから、元から他人だったんだ。
彼女の残り香が、今になって懐かしく感じる。
今日まで一緒に過ごしていたのに突然の別れだ。
涙が込み上げてくる。
「好きな人ができたの」
いきなりだった。何も言えなかった。
「どうして引き止めてくれないの?そこが嫌」
女々しいのが悪いのか、好きな人ができたって言ったの彼女じゃんって俺は思ったよ。でも何も言えなかった。
恥ずかしながら彼女は初めての彼女で6年年付き合った。
30にもなって結婚という言葉が出なかったのもいけない事だったのか。
今は後悔しかなかった。
シトシトと涙が溢れ出てくる。
生憎も外も雨俺を馬鹿にしてるのかと少し怒り気味にもなったが、ぶつける場所はなかった。
悔しかった。
どうしても、彼女は渡したくなかった。
そこから一時間、二時間たった。
涙は未だに流れている。
「追いかけなきゃ」
家に帰ったはず、家に行けばまだ話せるかもしれない。
俺は重い腰を上げドアを開けた。
木造の建てつけが悪いから、ギィギィと音をたて開いたその先には、顔を真っ赤にして顔が涙でグシャグシャになった彼女がいた。
「どうして…早く来てくれないのぉ…」
季節は冬雪もちらつく季節だ。
彼女はずっとここに?
「どうしたの」
そんなことしか言えなかった。
本当に、ダメな男だ。
「追いかけてきてくれると思ったから」
「別れだ…んじゃないの?」
彼女は俺の頬を叩いた。
「好きな人なんていないよ!もっと仲良くしたいよもっと私を見てよ」
え?ちょっと待てよ俺試されてんのか?これ俗に言う試されてるってやつだよな?
「ごめん試したりして」
蓄えもない俺に彼女を養えるのか?
ましてもや、いや、そんなことを考える場合じゃない。ここを何とかうまく…
「結婚して下さい」
あぁもう駄目だフリーター上がりの会社員には養える金なんぞない。
でも、口は正直に話していた。
「お前がいないとどうにかなりそうだ」
たどたどしくなりつつも最後まで言えた。
彼女は俺を抱きしめ
「ごめん、ありがとうね?こちらこそよろしくお願いします」
俺は将来の不安と幸せが一方的に襲いかかる中彼女を強く抱きしめた。
また明日から一生懸命働こう。
「雨の中まってたんだから、暖かい鍋食べよー」
さっきまでの彼女は居なくなりいつも通りの彼女に戻った。
なんとなくモヤモヤしつつも6畳のワンルームに招き入れた。
「さぁ早く、作ろう?」
尻に引かれるのもまったなしだな。