自分のことの範囲内だけで

特に何もなく過ごせている人を羨ましいなとは思ってしまいますね。

 

GW、お盆、正月

長期連休で休めることが普通の生活って羨ましいなとも思うし

仕事が終わればプライベートな時間。

 

家にいれて、時間があったらスマホをいじって

時間になったらお風呂に入って

時間になったら寝て朝が来て。

 

朝起きたら朝食が用意されていて

家のことをすることなく会社に行けて。

休みの日は休み。

何もしないでお出掛け出来て。

 

どっちだと聞かれたら、羨ましいかな? とは思う。

ただそれだけ。

 

そうしたいか? と聞かれたら

矛盾しているけど そうはしたくないなと思う。

 

 

 

頭が痛いことはたくさんありますね。

 

誰かが助けてくれる。 って お花畑達は簡単に言うけれど

出来ても相談止まりですよ。

 

とりあえず相談ができる場所はある。

仕事として相談にのってくれる人もとりあえずいる。

 

ここに来て一緒にやってくれて一緒に解決してくれるわけじゃない。

お金を払って話は聞いてはもらえるけど

直接自分の体を使って自分の代わりに何かをしてくれるわけでもないし、

忙しい自分の代わりにみていてくれるわけでもないからな。

実際は。

 

 

 

妻のうつ病が治って、幸せといえば幸せですね。

ちょっとは楽になったかなといえば楽にはなったかな。 今は。

ただ、何年か後にはちょっと苦しい状況になってくるかなと思っています。

 

自分の母親がだいぶ弱ってきているのでそろそろ危ないかも。

先日、持病が悪化して思っていたほど動けなくなってしまった。

療養でどれだけ持ち直すかだけど、前のようにはいかない感じがする。

 

それをサポートしている父親もわりと危ない。

他人の話は聞かないからこればかりはどうにも出来ないので

上手くカバーしていくしかないところ。

忙しなく動かれていたら母親の療養にならないんだけど

こうと決めたら人の手は借りない人だからな。

 

その辺りは親子そっくりなんだけど、

もっとこっちに任せてくれたらいいんだけどね。

動きずらくてしかたがない。

 

お義母さんは特養にいてまずまずは元気そうだけど

ただ、こちらはこちらでどうかなぁ?っていうのもありますね。

預けたらそれで終わりではないですからね。

勘違いしている人もいますけど。

 

妻の様子も未だに欠かさず見ていますよ。

とりあえずは毎日大丈夫そう。

火種はだいたい消えてるけど、

心配なのはお義母さんが亡くなったときどうなるか。

今のところは崩れることはなさそうな感じかな。

あとはそこだけが心配です。

 

 

おーー 危ない人だらけだ。 (笑)

 

というところで少しぐらい笑える余裕は持っていられるようにはしたいところです。

 

 

大丈夫!

 

あなたもやってきているので、

たとえ自分の思い描いた通リにならないことがあったとしても自信を持って。

 

口だけなら誰でも何とでも言える。

でも、自分で実際にやってきているのだから。

何かがあってもそれを忘れてはいけないと思いますよ。

 

 

真剣に考えてくれる人だけでいいです。

自分には関係ないと思っていて、終わるのもしかたがない。

自信のないカウンセラーよりも

名声やお金儲けが前面に出ているカウンセラーのほうが頼まないですよ。

 

経験不足でも能力不足でも自分は構わないけれど

信頼のおけるカウンセラーを選ぶかな。

 

叩きはしますが、カウンセラー自体を否定しているわけでもなく

偽物が多いだけ。

囲われないように要注意です。

 

 

GWは変わらず仕事ですよ。

メンタルヘルスの世界は白いという印象です。

 

白くなりたい人。

白く見られたい人。

白さを誇張する人。

 

専門家が説くことも白いことが多いという感じだし

その白さの先に救いがあることになっているイメージ。

 

自分自身を色で例えるならグレーか黒ですね。

その色であって良かったと個人的には思っています。

 

『 闇 』 とか 『 病み 』 ってよく多用されるけど

傍からみたら、やっぱりあなた白じゃん。 ぐらいなものかな。

本当に黒かったら、自分自身のことでなんて苦しまないのだから。

 

だから 白くにしか見えないですね。

で、 白くなれないことで藻掻いている。

 

そんなに白くなる必要は本当にあるんだろうか。

もしくは、白い自分をそんなに黒塗りする必要はあるのだろうか。

もしくは、そんなに白くさせようとする必要はあるのだろうか。

 

そんな感じ。

 

 

うつ病を抱えている人を取り囲む支援する側の人は

抱えている人と同じ目線で物事を見たり考えたりする人。

 

医者もそうだし、カウンセラーやメンターなども同じ目線から。

支援施設、支援活動に携わるその他の人達も同じ目線から。

 

色で例えるなら、やっぱり白だし 思考も見ているものもやっぱり白だ。

 

じゃあ、社会はどうだろうかというと

白い人もいれば、グレーの人もいるし黒い人もいる。

グレーなこともあるし黒いこともある。

 

当然、白い人に囲まれてうつ病が良くなって社会復帰出来たとしても生き難い。

グレーや黒に触れれば色はだんだんと変わってしまう。

 

白が想定するグレーや黒との交わり方はやっぱり白い。

だから実際に触れることになれば火傷してしまう。

 

私、治りました! と言っている割に

ぐらぐら揺れていたり沈んだり、ぶり返してしまっているのはどうしてか?

 

で、それが結局 弱いから。自分がダメだからということになってしまっている。

 

 

他の人がどうかは知らないけど

 

傍で支える者としては、同じ目線からも見るし その逆側からも見ますよ。

そのためにはグレーも黒も見えていなければいけないと思っています。

 

社会復帰までのリハビリ相手でもあるし、橋渡しもする。

渡した後のケアや管理もする。

 

こう書いてしまうと難しい印象になってしまうけど

やることはそんな大したことではなく、一言で言えば

これも 『見守る。』 ということに含まれることだと思います。

 

だから、加減をみながら肯定することもあれば否定もします。

グレーにもなるし黒にもなりますよ。

 

反対側の目線からその先を考えられるのは支えている人だけですよ。

 

別に 『 白 』 になれないからって、支えている人には苦しまないでほしいですね。