(株)アミューズ(東京証券取引所 プライム市場)の2024年度決算は公表された。

売上は548.13億円で前年比4.4%増だったが、営業利益は13.67億円で前年比56.6%減、事業計画に対して80%の達成率という上場企業としては惨憺たる成績に終わった。

その割には株価の下落は最小限度に収まっているとはいえ、ピーク時から見れば下落傾向と言っていい。

 

(2024年度決算資料)

https://ssl4.eir-parts.net/doc/4301/ir_material_for_fiscal_ym/156574/00.pdf

 

 

実はアミューズの過去5年の経営状態を俯瞰すると、20年3月期の段階では売上588億円、営利51億円で、これがここ最近のピークだった。
 

コロナ禍の22年3月期に売上の底を打ち、現在まで回復傾向ではあるのだが、営利の方は4年連続右肩下がりのままで24年度決算に至っており、営利率も一桁台に落ち込んでいる。

営利の絶対値の下落や営利率の下落傾向が止まる兆しが見えないのは、上場企業の経営としては心もとない。

 

アミューズのビジネスドライバーは大きく3つ。

イベント関連事業、音楽・映像事業、出演・CM事業。

 

イベント関連事業は23年度は黒字だったが、今年度は富士山麓のレジャー施設に関わる特別損失計上が5.4億円程度あり、1.35億円の営業赤字で減収減益。

 

音楽・映像事業は映像制作会社のM&Aの効果もあって24億円の増収にも関わらず営利が9.65億円で23年度比で9.73億円も下落し増収減益となった。

 

出演・CM事業は、62.99億円(前年比7.6億円増)の売上に対して営利は5.38億円で、営利は前年比約2億円減となった。

 

3つのビジネスドライバーの全てにおいて営利が減少し、ビジネス効率が悪くなっているのだ。

 

また年度末の営業キャッシュフローがマイナス3億円(前年度比マイナス100億円!!?)というのは一体どういう事なのだろう???
 

3つのビジネスドライバーの中で一番営利率が高いのが出演・CM事業で約8%だ。

次が音楽・映像事業で約5%。

仮にイベント関連事業の特損が無かったと仮定した場合だと1.2%程度だ。

 

実はアミューズは生産効率は改善しているというビジネス分析が出ているが、私はその分析に同意出来ない。

 

アミューズの中期5年計画の方針は以下だ。

❶ 世界を見据えた 「アーティスト」 の発掘・プロデュース強化

❷ 世界と日本を繋ぐ 「オリジナルコンテンツ(主にアニメ)」 の創造

❸ 世界に展開できる 「最先端サービス・ソリューション」 の開発

➡アーティストのデジタル施策を実施するとともに、プラットフォームの自社開発を実行中とある。

売上650億円、営業利益50億円(28年3月期計画)

ROE8%以上。

 

営利だけを見れば20年3月期と同じで、28年の段階では昔の良い時に戻ったというだけで成長していないというシナリオだ。

 

また2025年度の計画を見て驚いたのは、イベント関連事業において計画段階で営業利益が1億円の赤字で提出されているのだ。

おまけにその理由が説明されていない。

仮にも上場企業としては、この経営計画はちょっと頂けない。

 

イベント関連事業において何等かの投資等の行動があり、当該年度の利益が落ち込むにしても、営利赤字で計画を決着するのは企業経営陣のセンスを疑う行為だろう。

つまり、普通の上場企業経営者ならこんな計画は恥ずかしくて世間に出せない、というレベルだ。

 

アミューズの中期計画を要約するとアーティストとコンテンツIPを創造し、自社独自のソリューションで発信してビジネスを展開する、ということだ。

そしてそれに対する投資額として約130億円を計画しているという。

 

さて、この中期方針を見て、似たような事を考えているある企業の名前が思い浮かんだ。
 

ソニーグループだ。

2024年5月下旬に行ったソニーグループの経営説明会を要約すると以下だ。

 

◎自社IP(アニメ、ゲーム、音楽等)を産み出してユーザーの届ける。

◎クリエイターの育成と底上げに寄与する。

◎クランチロール(アニメ配信のプラットフォーム)が業績の鍵となる。

◎これらに対する投資として1.8兆円(自社株買い含む)を予定している。

 

つまりアミューズの仮想敵は、本来的な意味では旧態然とした芸能音楽業界の中にはおらず、実はソニーグループだったりするのだ。
 

ソニーグループの中期ビジネス戦略は極めて単純だ。

 

①グローバルに見てエンタメ産業は今後も伸びるからそこに賭ける。

②エンタメの川上であるクリエイターとコンテンツIPを自社で作って押さえ、川下(配信、配給、流通)も自社で確保してユーザーに流し、ビジネス的な連携としてCMOSセンサーなどの事業と組み合わせて戦う。

③必要なM&Aを戦略的に実行する。

 

一般的にはソニーグループというと機器メーカーの印象が強いが、既にエンタメ企業に変身している。

実際、営業利益の65%はエンタメ系事業からもたらされている。
パナソニックやシャープ、東芝の没落と対比すると鮮明だ。

既存のエンタメ業界の既得権者からすれば、全く勝手違いの方向から参入してきたと言っていい。

実はソニーグループの狙いの1つはそこにある。

 

芸能事務所の色彩の濃いアミューズだから気が付き難いが、彼らの中期戦略はソニーグループと様々な面で競合している

アミューズの中期に謳われているタレント開発は、確かに川上側戦略だがこれには新規性はない。これまでの新人開発、発掘はやっているからだ。

これまでと違うのは、タレントビジネスは、テレビ業界の縮小均衡にかなり影響されやすいため、中期計画中にタレントIPの活用方法適切に変えないとリスクが膨らむ可能性がある。

 

また2024年度に極東電視台(日本法人)という映像制作会社を連結対象にしたようなのだが、この会社はテレビ番組制作が主体の会社で、斜陽のテレビ業界にかなり依存している企業だ。

将来展望が見えない映像制作会社を連結にした意図は、中長期のそれと全く合致してみえない。
単純に手元にいる所属タレントの活用のために連結したようにしか見えないのは私だけだろうか?

 

アニメ系の自社IPの開発はそれなりの進捗を刻んでいるようだが、全体的には制作数が不十分だ。

アミューズの中でアニメだけが唯一グローバル展開出来そうな領域だが、IPの創造とグローバル市場への展開について具体的なビジョンが示されていないし、中期目標おポイントの2番目の記載というのが気になる。

 

ソニーグループは次の中期において、タレントやミュージシャン、映像、ゲーム、アニメ作家を含めて「クリエイター」として位置づけ、オリジナルIPを作るあらゆる環境に投資すると宣言している。
多分その規模は1兆円近くになるはずだ。

 

実はアミューズの中期計画の一番の懸念材料は、プラットフォームの自社開発を実行中という点だ。

プラットフォーム開発は単純にプログラマーを雇えば出来る訳ではなく、経営陣がプログラミングやプラットフォーム開発に「精緻」している必要がある。

しかし、会社の経営陣を見ても、そのような人材が主要なポストに居ない。

普通、中期の主要事業とするならば、技術系執行役員を配置すべきだが、そうした人事は公表されていない。

役員レベルにプラットフォーム開発の根幹を理解している人材がいないと開発進捗が困難になることは想像に難くない。

みずほ銀行の失敗は、まさにそれなのだ。
ロクな知識もない素人が適切な判断が出来ないのは道理だろう。

 

ソニーグループは多くの自社プログラマーを擁しているが、配信プラットフォームの自社開発は行わずM&Aを決断した。

これは配信プラットフォームの開発には時間と手間がかかる上に、開発している間に市場環境が変化し、出来上がった時期には市場環境が変化して陳腐化するのを避けようとしたと考えるのが妥当だろう。

適切なM&Aを行い、早めに市場に入り、シェア獲得に動き、認知を拡大する方に資源を割いた方が優位性を保てると考えただろうことは想像に難くない。

 

そういう観点からして、アミューズのプラットフォームの自社開発は大きなリスク要因になり、この開発が予定通り行かなかった場合、その立て直しは容易でないだろうと推察する。

 

ライブエンタにおいては、アーティストの海外公演を展開するとともに、海外拠点の体制を再構築、海外ネットワークの拡大、海外ファンのエンゲージメント強化とあるが、とにかくこの分野での利益率の低さが気になる。

また当面の間は円安の影響が強いため、海外での公演で利益を出しても為替差損の影響が強く出る。

また、少なくとも国内のライブ事業で営利10%程度を確保しなければ、企業の成長を加速することは困難だろう。

この点の改善策は示すべきだ。

 

アミューズとソニーグループを少し比較し易い方法で見てみよう。

ソニーグループにはソニーミュージック(SME)という会社がある。

ソニーグループのIRでは日本のSMEグループ単体の決算報告は出て来ないが、官報で検索するとSMEグループ各社の決算報告が閲覧出来る。

それらを総合すると、SMEグループの営業利益率は10%を悠に超えていることが判る。

SMEグループには、タレントマネジメント、音楽制作、映像制作、ライブ制作部門、ゲーム制作、アニメ制作と配給があり、規模は違えどアミューズの事業と極めて違い事業構造だ。

しかしSMEは過去5年以上、営利率が10%を切った事がない。

 

数字の比較をすればアミューズとの経営的な違いは明らかなのだが、この違いにアミューズの経営に足りない部分が隠れていると言ってもいいかもしれない。

 

また誰も指摘しないのだが、山梨県西湖にあるアミューズ本社(訓練等施設込み)が、本業のビジネスにどの程度のプラスもしくはマイナスのインパクトを与えているのか、全く決算内容に評価されていない。

実際の業務的な機能主体は未だに渋谷にあり、実際の機能の中心はここだ。

つまり西湖の本社移転はお飾りのようなな感じで、経営的には全く合理性のないと思われるのだ。
 

本社のある富士周辺で展開を予定していた山梨県・すばるランドでオープンした FUJIGATEWAYからはアミューズが撤退し(特損24年度末に約5.4億円)を計上した。

どうにも富士山周辺での事業展開は、大里会長の独断専行に見え、本社の取締役が論理的思考を停止しているようにさえ見える。

 

6月に株主総会があるだろうから、株主の皆さんは質問を投げかけた方が良かろう。

 

翻ってソニーグループは次の5年でエンタメ系産業中心に1兆円近い投資を行うだろうと予測されている。
アミューズのそれは130億円だ。対ソニー比1.3%。

 

この差は埋められるのだろうか?

 

また、そもそもアミューズの現在の経営陣やエンタメ業界の関係は、ソニーグループが自分たちの仮想敵になっていることに気が付いているだろうか?

 

サザンや福山に彩られている間は何となくやれそうだが、彼らもいずれ引退する。

若手にもそれなりのミュージックや役者がいるが、次の20年を考え得れば、今の内に業態の変化を考えておかないと生き残れない可能性だってある。

 

シャープ、パナソニック、サンヨー、東芝が消えてソニーグループが生き残った最大の理由は、苦しみながらも業態転換を果たしたからだ。

フジフィルムが化粧品会社になった事例も同様だ。

 

アミューズも、いつまでも芸能事務所が主幹業務と思っているとシャープ、サンヨーの仲間入りをすることだってあることは忘れない方がいいだろう。