曽我部恵一氏という名前にピンと来る人は、日本の音楽の中でもややマニアックな傾向のサウンドを嗜好する人たちかもしれない。
言い方を変えると良質という言葉もあるが、渋めのサウンドを産み出す独特なポジションにいるミュージシャンの一人であると言っていいだろう。
彼が主宰するROSE RECORDSが20周年を迎えたそうだ。
インディーズレーベルが20年を経て活動していることは凄い事だ。
記事を読むと、無理せず、自分の身の丈でやっているという感じに見える。
DIY的な運営ということなので、大きく稼ぐというよりも食い扶持を稼ぐ程度の規模だというのはインタビュー内でご本人が語っている。
レーベルから発売しているミュージシャンの数は夥しく、随分と数が多い印象だ。
ご本人曰く、余り経営的な目線ではやっていないという事なので、ファミリービジネス的な感覚なのだろう。
それで20年もやっているのだからある意味凄いとも言える。
それでもちょっと気になったのが、従業員が居るという事だ。
当然だが発売する、もしくは発売した作品の受注、発送、在庫管理、売上管理、財務管理等は、曽我部氏には出来ないからだ。
制作だってスタッフがいないと進まないだろう。
こうした従業員の人たちは若い。
1点、意見を申し述べるとすると、身の丈経営を目指している人は他人を巻き込んだ組織運営をしない方がいいと思っている。
つまり従業員を雇わない方がいいという事だ。
何故か?
身の丈運営は、いわゆる一般的な会社組織が考える、将来に渡っての売上やシェアの拡大、利益の拡大を経営の主軸に置かない。
曽我部氏が語っているように経営に汲々とするのではなく、自分のスピードと感覚で事業を進め、食い扶持が確保出来ている程度で十分と考えているからだ。
これは経営の観点で言うとどういう意味になるかというと、中長期に渡って本人や従業員の給与が上がらない構造だという点と、投資(原盤制作やグッズ制作等)が支障が出ることを意味する。
理由は簡単で、少なくとも今後の日本はややインフレ気味の経済が進むと予想されている。
適度のインフレ(日本だと2~4%程度)が起こるということはマクロの経済が拡大するという意味と同じだ。
その中で自分の経営母体の売上と利益が過去と同じ水準に据え置く事を容認していれば、全体の経済圏と比較して自らの会社の経営規模が段々と小さくなっていってしまうのは理解できるだろう。
当然そうなれば従業員の給与は上がり難くなり、それはつまり、インフレに対して非常に弱い立場になってしまう。(インフレ分だけ実質賃金が目減りして、使えるお金が少なくなるから)
また投資活動においても、インフレのため投資額が大きくなる分、会社のキャッシュフローへの影響が大きくなってしまう。
つまり、経済成長下で昨年と同じ規模の経営をしていると先々は不利なことだらけになってしまうのだ。
経済成長なんて不要だ!という論調は、特に最近斎藤幸平氏から聞こえて来ているが、経済成長がなければ失業者が増え、失業が増えれば自殺者が増えるという当たり前の法則を無視した発言と言っていい。
脱経済成長は耳障りがいいが、実際には夢物語で、加えてこれはイコール失業を容認することであり、その先には自殺者が出る事を奨励しているような話だという事を忘れないで欲しい。
経営者が家族経営的なものを目指すなら「従業員を雇わない方がいい」と言ったのは、少なくともレーベルの代表者が、自分の会社は”資本主義的な経営活動ではないですよ。食いぶちを日々稼ぐっていうだけの話”という方針であるならば、それは従業員やその家族に対してやや無責任ということになるだからなのだ。
それでも20年の実績がある、という点は評価されるべきだが、実はこの20年、ずっとデフレ下だった事は忘れてはいけない。
折角20年近く、レーベルを維持してきたのだから、この先もずっと経営が続いて欲しいが、特にここ数十年もの間、インフレ下の経済成長を経験したことのない日本経済なので、ミュージシャンと言えども多少の最低限度の経済知識位は身に着けておいて損はないと思う次第だ。