以下のような記事があった。
2022年6月14日、是枝裕和監督や深田晃司監督ら、映画監督有志7人が記者会見を開き、日本映画の持続可能性のための組織「日本版CNC」の設立を求めました。
設立と提案の趣旨は以下のようなものです。
(活動の趣旨概要)
1.映画業界を共助によって持続可能な産業にしていく。
2.財源は映画興行収入の1%と配信と放送からの徴収金。
3.芸術文化と経済(産業)、成長と保護のバランスを目配せしながら、「製作」「流通」「教育」「労働環境保全」という4つの支援を柱に徴収金(予定)の100億円の分配の舵取りを映画界自身がしていく。
会の目的には以下の文言が並ぶ。
本会は、映像表現にかかる業界の実態の調査及び研究並びに提言等を通じて、業界全体の適正化及び国際競争力向上のための活動等を所管する統括機関(フランスにおけるCentre national du cinéma et de l'image animée(国立映画映像センター。略称:CNC)に相当する機関)を設立するべく、業界団体及び関係各省庁に対する働きかけを行い、その設立の実現を図ることを目的とする。
仮に私のところにこの企画書が来たら却下すると思う。
理由は簡単。
目的の設定が誤っているからだ。
ある組織を作ることが目的なら、目的にはならない。
組織は、その組織が目指している目標を実行するための入れ物に過ぎない。
何度もホームページを読んだが、日本版CNCが「具体的に何をする組織」なのか、全く判らなかった。
従って何を具体的に実行するための組織か分からないのに、一般社団法人日本映画製作者連盟に対して興行収益の1%を欲しいと言うのは、全くの筋違いだろう。
非常にざっくばらんに言えば、発起人らは「実写映画の監督」たちが主体だ。
彼らの腹の底を推察すれば、映画・映像業界の利益分配構造にメスを入れるための組織を作り、それによって監督らを含む映画人の金銭環境や制作面の改善を図りたいということなのだろう。
もっと言うと、映画・映像業界で儲かっている会社は、クリエイター側に寄り添った分配と補助を出して待遇改善に寄与して欲しい、ということに他ならない。
何故こうした提案が出てくるようになったかと言えば、映画業界に従事する監督を始めとする制作関係者の収入が不安定だからだろう。
つまりこれは、ある意味で、労働組合的発想なのだが、その財源は資本家側に出して欲しいという意味にもなる辺りがちょっと分かり難い。
当然だが、日本版CNCの設立し運営をするためには、映画業界(放送、配信、DVD、映画配給と劇場等を含む)各参加企業がこの再分配システムの組織に賛同しなければならない。
広い意味で言えば、映画、映像業界全体をマクロ的に持続可能にするためには、業界内の利益分配構造を多少なりともクリエイター側に重心を移す手段を持たないとやり続けられないというのが是枝監督らの意図だろう。
当然だが、優秀なクリエイターが居なければ作品は生み出せず、作品がなければ、この業界のビジネスは出来ない。
優秀なクリエイターでも不安定な環境下では、生活が維持出来ず、それは業界からの離脱を誘発する。
従ってそれを避けるために、業界一丸になって、彼らを支えられる仕組みを作りたいということだろう。
参考にしたのはフランスの例のようだ。
フランスでは、CNCがあるが、それはフランス政府の長年の文化政策と映画政策、および映画支援機関が機能し、国民もそれを支持しているからだ。
https://www.ntj.jac.go.jp/assets/files/kikin/artscouncil/France_Movie/France_movie_chyosa_gaiyo.pdf
クリエイター目線としては、非常に理解出来る理屈だと思う。
僭越ながら私の意見を申し上げると、このアイデアを実現するのは相当難しいと思う。
理由は簡単で、映画、映像業界のそれぞれに住み分けて生きている人たちの利害関係が全くバラバラである点と、分配される金が権利的な裏付けを持たない、寄付もしくは掴み金のような性質だからだ。
まず、日本の映画の興行収入のトップの多くは、アニメ映画で実写映画ではない。
発起人の監督たちは全員実写映画監督だが、現状ここにはアニメ作品の監督は居ない。(将来的は不明)
また、CNCに加入しない、大物監督とかが出てくる場合、話がかなりややこしい。
つまり、財源案の全興行収益の1%をトップオフすると言うアイデアは、その収益に貢献が殆どない日本CNC会員監督たちに利益供与される可能性がある訳で、それを筋違いと考える同業者たちがいるだろうということだ。
昨今、DVD産業は縮小傾向が顕著で、配信にビジネス置き換わり始めているが、まだ日本の市場規模は大きくない。
配信には様々な権利主体者の作品が絡んでおり、それを一括した形で日本CNC側に供与するのは、様々な観点で収まりが悪く見える。
こうしてみると、関係者の立ち位置や日本CNCとの距離感によって利害衝突が起こる事が明らかなため、他人の財布に手を突っ込むやり方は成立しにくい。
簡単に言えば、日本版CNCが手にする金とそれを使う相手、日本版CNCに徴収金を支払う映画産業は、必ずしも垂直的な関係性が無い場合があるのだ。
音楽業界には、著作権管理団体、隣接権管理団体があり、それぞれに任意の利害関係者が会員として契約している。
会員は全て法律的な権利保有者であり、レコード会社や放送局、配信サービスプラットフォームも、法律に基づいた形で団体側と料率を決めて支払っている。
徴収した団体は、一定の手数料を控除して全てを権利者に払い戻している。
非常に分かりやすい構造なのだ。
日本版CNC構想は、文化背景も歴史的経緯も違う海外のような事例をそのまま当てはめるのが難しく、尚且つ、権利主体者でない人たちが所属する団体への金銭供与は、権利関係のステークホルダーが多いため、一般社団法人日本映画製作者連盟の加盟者が納得するためには、それ相応の理屈が必要だろう。
冒頭で「目的」の設定に誤りがあると書いた。
つまり、例えばだが、日本版CNCは、特に実写版監督たちの金銭的な待遇改善を目的とする、などと書いてあれば、なるほど、そうか・・という訳なのだ。
実際、100億円近い金を集めるスキームが書いてあるのだがが、その支出先のイメージは全く書いてない。
言い方は悪いが100億円の掴み金をどう使用するかが明確に分からなければ、日本版CNCの本当の目的が分からないと言っていいだろう。
要するに金が何に使われる団体なのか?という事だ。
さて、日本の映画産業は斜陽傾向が顕著である。
市場規模が縮小傾向の業界では、業界内に生息する人たちが再分配を行うインセンティブが働きにくい。
個々の事業に利潤の余裕がないからだ。
こうした業界のビジネス縮小傾向が、特に実写映画関係者の窮乏の主因であるが、本来的に言えば海外に通用する作品制作が少ないからでもある。
日本市場だけを相手にしている作品は、当然の如く市場が限られ、予算も小さい。
クリエイターに利益を還元する方法を編み出すことは、実はそれほど困難ではないが、特に実写映画産業のように、当たり外れがある場合、どうしても出資主体者である映画会社は二の足を踏む。
映画会社は数多くの作品に投資を行い、一定数のヒット作品を産むことで相対的なキャッシュフローを維持し、次の作品への投資を行っている。
利益の出方は作品毎にバラバラで、加えて、各作品の収支は、公開から2年を過ぎないと確実な数字が分からない。
また、著作権法的に言えば、映画監督には著作権がない。
また出演者や制作に関わった人たちは、完成した作品の職務著作を放棄する必要がある。(何らかの印税の様な個別の利益分配の契約条件は別にある場合が存在する)
日本の場合だと、作品至上主義的な監督が多く、ビジネス面への興味を持たない人が多い傾向があるが、自己満足の売れない作品を作り続ければ、淘汰されてしまう。
日本版CNC構想を本気で実現するためには、少なくとも日本の映画産業関係者が市場拡大に資する映画を作る気概と実行力を持たなければならないだろう。
非常に個人的な見解で恐縮なのだが、昨今、日本映画で映画館に行きたくなるような作品に出合っていない。
昨今の映画が漫画原作が多いからかもしれないが、大人の鑑賞に堪えうるような作品が余りないと思っている。
また、映画祭で話題になるような作品も、かなり映画を見てきた私にとっても、ちょっと小難しくて疲れるものが多く、普遍的なエンタテインメント性が低い。
この辺り、日本の映画監督さんたちは考えて欲しい部分である。