蛙の子は蛙という言葉がある。

親の形質を受け継ぎ、次の世代でもその形質を生かした人生を歩んでいる姿を捉えた言葉だ。

 

さて、多くの方は、自分の人生を彩ってきた音楽の記憶があるだろう。
音楽の形態はともかく、殆ど人は、人生のある光景、体験と音楽が密接な時間があったと思う。

彼女とドライブに行った時に聴いていた曲、結婚式で流した曲、苦しい時期に癒された曲など、様々にあるだろう。

 

それらの音楽を作り上げてきたミュージシャンたちは、時代を先取り、時代を創り、時代を彩ってくれた。

主に1950年生まれ以降の人たちにとって、ポピュラー音楽(これはロック等のあらゆるジャンルを含む)が華やかな良い時代を過ごしてきたはずだ。

 

時代を彩った数々のミュージシャンに憧れた人たちも数多くいるかもしれない。

 

やがてプロのミュージシャンたちも結婚し、家庭を持ち、子供を持つようになった。

 

本来であれば、我々の時代を主導したミュージシャンたちの産んだ子供たちが現代の音楽シーンを牽引しているだろうと思っていたが、現実的にはその気配がない。

つまり、我々の時代を創ったミュージシャンたちの二世、三世は、親と同じ仕事では殆ど成功を収めていないのだ。

 

私の知る限り、明らかに成功した二世ミュージシャンはそれほど多くない。

 

ONE O'CLOCKのヴォーカリストのTAKAさん(親:森進一さんと森昌子さん)、宇多田ヒカルさん(親:藤圭子さん)、森山直太朗さん(親:森山良子さん)は議論の余地がないほど明らかな成功者の例だが、実は成功例はこの範囲だと言ってもいい。

 

桑田佳祐氏、井上陽水氏、坂本龍一氏、矢沢永吉氏など錚々たる天才的ミュージシャンの二世たちも、音楽活動をしていたようではあるのだが、いずれにしても親のような活躍をした形跡はない。

かのジョン・レノンの2人の息子もミュージシャンにはなったが、親のような活躍は

出来なかった。

なお、ドラゴンアッシュの降谷建志さんは、俳優の故古谷一行さんのご子息なのでこれには該当しない扱いとする。

 

反面、俳優の分野では二世世代が活躍している。

以下のリンクには、私の知らない俳優さんも含め、二世俳優で成功を収めている方々が載っている。

あのミスチルの息子さんも俳優をなさっていたのは、このリンク内の情報で知ったが、何故ミュージシャンの二世は、音楽での成功者が殆どいないのだろうか?

 

 

 

 

 

多分だが、その答えは、遺伝子にあるようだ。

 

 

上記は慶応大学の安藤教授の調査による形質の遺伝と環境の関係を示したものだ。

(雑誌AERAの画像からの引用)

 

遺伝は、親からもらう形質だ。

環境とは遺伝とは関係なく、その後の本人の生き方や努力、訓練等や生活環境の影響を言っている。

 

才能というカテゴリーの音楽を見ると分かるが、音楽の形質は90%以上が遺伝で決定するとある。

この主張は、他の研究とも一致しているので、事実と見ていいだろう。

つまり音楽的才能とは、努力で伸ばせる余地が10%程度もないという事だ。

実際、日本でも世界でも、ロック、ポピュラー音楽の歴史に残るようなミュージシャンたちの親は特にミュージシャンではない例が多い。

音楽的な能力の遺伝は、まさに天からの贈り物と言っていい。

 

つまりミュージシャンの二世でも音楽的遺伝子を受け継いでこなかった場合、親のような仕事で成功することはないと考えるのが妥当だろう。

ミュージシャンになれるかどうかは、生まれた瞬間に決定していると言っていい。

数学やスポーツも同様で、努力でカバー出来る余地が少ないようだ。

 

例えば学生時代足の生まれつき速い人が居たと思うが、元々足の遅い人間が努力を重ねても彼らの最低ラインにすら届かない。

歌の上手さも同じといって良い。

 

努力すれば夢が叶うという人には辛い現実だが、遺伝的素養のない分野で努力をしても夢は叶わない。

 

反面俳優の分野で成功例が多いのは、俳優の資質が努力や環境によって伸びしろがあるためだと考えて差し支えないだろう。

もちろん天才的な素質をも持った俳優は多いが、仮に半分の素質程度でも伸び代があるため成功を勝ち取れる分野だとも言える。

実際、ミュージシャンやお笑い、アイドルタレントから実力派俳優になった人も多く頷ける現象だ。

 

まとめると、ミュージシャンの才能は生まれつきであり、遺伝形質を持っていない人がミュージシャンになろうと思っても、生まれつきで形質を受け継いだ人間には全くかなわない職業と言える。

反面、俳優は、二世や別分野からの転身によっても成功者の出現数が多いところを見ると遺伝形質よりも環境によって伸び代があると見ていい職業と言っていいだろう。