懐かしい歌手の名前がネットでバズっていた。

川本真琴さん。

1997年にデビューしてファーストアルバムがミリオンセラーになり一世風靡した人物だ。

 

 

 

 

 

 

彼女の発言の真意は、現代のミュージシャンが置かれている過酷なビジネスモデルの変化があるからだ。

より正確に言えば、アナログレコードとCDによるパッケージビジネスの恩恵を受けてきたミュージシャンのビジネス環境の変化だ。

 

その後、こういうフォロー記事も出た。

 

 

 

全ての変化の起点は、Appleがituneを世の中に登場させた2001年だ。

ここから音楽はデジタルデータとして配信される運命を決定付けられた。

但しこれには前段階がある。

 

Napster。

1999年、Napsterはファイル共有ソフトとして世界中のPCを個人ベースで繋ぐことに成功した。

そしてユーザーがCDの中の音楽データをMP3に変換し公開、共有することを可能にしたが、レコード会社から著作権侵害を指摘され裁判で敗訴したため消滅した。

 

ituneはそれを合法的に変革させたサービスだった。

そしてこれによってCD(業界ではフィジカルと言う)のビジネス上の墓場行きが決まってしまった。

 

さて、時代は遡ってかつてのアナログやCDの時代を考えよう。

これらは狭い意味でのサブスクだったと考えられる。 

 

話はちょっと逸れるが、1970年代、アルバム1枚の価格は2500円だった。

1975年のサラリーマンの平均年収が約200万円(月額平均16.6万円)であることを鑑みると、現在なら6000円~7000円近い感覚だろう。

 

いずれにしてもユーザーは、3,000円を支払えば、CDそのものを生涯に渡ってユーザーのものに出来るからだ。

曲数はCD収録数に限定されるが、その範囲内で聞き放題となる。

さて、ミュージシャンのビジネスモデルはこうなっている。

ミュージシャンの取り分(CD1枚当たり/定価3,000円で計算):

◎著作権印税:1枚辺り90~118円(3~4%)/ 

(ちなみに音楽出版社の取り分が62円~90円)

◎アーティスト(歌唱)印税:30円~90円

 

つまり、ミュージシャンは、CD1枚当たり、最大208円程度を得られる。

なお、印税計算は、売れた枚数ではなく、メーカー出荷枚数×90%で計算する。

10万枚が出荷されれば、印税額は1,872万円だ。

(ここから国税関係を収める必要があるが・・)

 

1990年代、100万枚アーティストは珍しくなかったが、この規模になれば1億円を超える印税を手にすることが出来た時代だった。

音楽CDは、再販売制度によって価格統制されているため、市場による価格変動を受けないから護られたビジネスだったと言っていいだろう。

しかし1997年にピークを迎えたCDビジネスは、それ以降同じ規模に復活する兆しが全くない。

 

ちょっと余談だが、実はレコード会社がCDの売上から取得出来る金はミュージシャンよりも断然高い。

 

原盤印税が12~15%に加えて、ジャケット控除という不思議な契約制度があって、これが10%分レコード会社の手元に残る。

また、物品としてのCDは売れば売るほど原価率が下がるため、損益分岐点を超えれば現ナマを刷っているのと同じになる。

なお、出荷した商品の消化率を見誤り、発売後に返品が多くなると、得るべき利益をダイレクトに失うリスクはある。
 

とにかく、レコード会社は、1枚のCD販売から少なくとも25%近いを獲得出来る仕組みになっており、これはミュージシャンの印税収入の3倍以上にもなる

多くのミュージシャンはこのカラクリに気が付かないまま契約しているだろうが、これは多くのミュージシャンがビジネスモデルに興味を示さないからだろう。

 

 

サブスク時代のミュージシャンのビジネスモデル:

 

今やサブスクが音楽接触の中心である事実は変らない。
これまで音楽メディアは、アナログレコード➡CD➡DAT&MD➡itune➡サブスク配信と変化してきた。

itune以降は曲のばら売りが始まり、現代においては、アルバムという形態も形骸化してきている。

 

サブスクの大手企業であるSportifyが再生数1回あたり0.002~0.0038ポンド(現行レートでおよそ0.33~0.62円)を印税として支払っているというデータがある。

またApple Musicは0.0059ポンド(およそ0.97円)という設定らしい。

大雑把にこの2つを平均すると、1曲聞くと平均で0.8円の印税が発生することになる。

ちなみにこの0.8円は、ミュージシャンと音楽出版社で分ける原資になるので、全額がミュージシャンに渡る訳ではない。

 

ミュージシャンのサブスクからの取り分(1曲聴かれる当たり):

◎著作権印税:1曲辺り0.4円~0.5円 

(ちなみに音楽出版社の取り分が0.3円~0.4円)

◎アーティスト(歌唱)印税:0.02円~0.03円(推定)➡ほぼ無視していい額

 

なお、レコード会社が取得出来る原盤印税が、配信会社から何%で支払われる契約なのかはデータがないので割愛する。

 

さて、前述したCD1枚分の印税が幾らか確認して欲しい。

ミュージシャンが獲得できる著作権印税額は、1枚辺り90~118円と書いた。

仮にこのCDが10曲入りだとすると、1曲当たり11.8円の印税が発生する。

ユーザーの1つのアクション、つまり1枚分の製品購入と1曲を聴くという行為に対する対価の差は、1曲当たり23.6倍もあることになる。

つまりこれまでの1曲の価値と比べて約24倍近くも棄損してしまっていると言ってもいいだろう。

 

ちなみに、Sportifyが公表したデータによれば、2021年中の分配で100万円を超えて支払われたアーティスト数は、全世界で約4万1千人だったという。

これは多いのか少ないのか?

全世界でたった4万人程度しか100万円を超えられないというのは、随分とハードルが高いように思える。

 

10万枚のCDを売っていたミュージシャンが得られる印税を、サブスクだけで得ようと思えば、1曲平均410万回の再生を得るか、アルバム全体で4100万回再生を必要とする。

SportifyやAmazon Musicなどの複数プラットフォームで展開していれば達成可能な数字なのかどうかは私には分からないが、中々な数字であることは確かだろう。

 

Sportifyを利用している人は、曲の横に再生回数が表示されることを知っているだろう。

ある曲の再生回数が100万回を超えている人が実はそれほど多くないのに気が付いているはずだ。

米須玄師氏のように1億回を軽く超えているアーティストもいる。

サザンのTSUNAMIも1800万回再生されているし、小田和正氏のラブ・ストーリーは突然にも1000万回再生している。

なお、これらは累積値だ。

 

Sportifyの日本国内の配信チャート(2022年9月20分)を見ると、ある週で90万以上再生されている曲は26曲だった。これが多いのか、少ないのかちょっと分からない。

 

実際、世界中のアーティストがサブスク時代のビジネスモデルでは食えないと公然と言い放っている。

これまで見てみたように、サブスクからの印税収入は、CD時代に比べて効率が悪いようだ。

従って川本氏の声は悲痛な現実の声に違いない。

 

しかし、残念ながらビジネスモデルが昔に戻る事はない。

 

◎これまでの音楽ビジネス:

楽曲制作&レコード制作➡レコード販売➡不労所得の発生➡ライブ(宣伝)➡次の楽曲制作とレコード制作の準備

 

◎これからの音楽ビジネス:

楽曲制作&レコード制作➡複数配信及び未知の未来型プラットフォームで公開(PV含む)➡ライブ活動とグッズ販売(主要収入)次の楽曲制作とレコード制作の準備

 

 

これまで印税という不労所得によって次の作品の制作時間を確保してきたミュージシャンたちは、ライブ活動という従量労働制にグッズ売りを加えた商品販売を加味したビジネスモデルを選択しなくてはならなくなってしまった。

実はこのビジネスモデルは効率が悪い。

ライブ配信、ライブビューイングによって実動員以上の収入拡大も可能だが、このモデルが全てのミュージシャンに適用できる訳ではないからだ。

 

それでもこうした環境で生き残る人はおり、その人たちだけが残るとしか言えない。

つまり適者生存となる。

 

現代のミュージシャンには過酷な時代なのだが、中間層が生きにくい職業になりつつあると言っていいだろう。

中間層が生きにくい業界は若い層の参入が減るため、今後優れたミュージシャンが出にくいという副作用も懸念される。

 

但し、逆にこれまで制作や宣伝、流通の壁があったためデビュー出来なかった才能が、出やすいという時代ではある。

 

これまでミュージシャンになることで社会とのつながりを維持出来た人は、今後、別の道を模索する必要に迫られているとも言える。

 

時代背景を見ても、音楽は過剰供給気味で、消費に見合っていない。

成功者となるのは、その中を潜り抜けてきた才能だけとなる。

運も必要だろう。

 

結局ミュージシャンのビジネスモデルは、多数のユーザーや周辺ビジネスに広く薄くアクセスしてマネタイズするか、狭く深くアクセスしてマネタイズするかのどちらかとなる。

 

残念ながらどちらでもない人たちは淘汰されるだろう。