鬼滅の刃が見せた新しい時代のビジネスモデル
©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
鬼滅の刃、もうおじさんの私が語らなくても多くの方はコミック、映画、テレビ放送などでご覧になっているだろう。
本作の劇場版映画は、2020年12月末時点に於いて、千と千尋の神隠しの興行収益316億円を超え、324億円に達して歴代1位となった。
約19年を経ての記録更新となった。
本作の名前は有名だが、このビジネスの中核を担っているアニプレックスと言う会社を知っている方は余り多くないだろう。
アニプレックスはソニーミュージックの子会社なのだが、ソニーミュージックは聞いた事があるだろう。
ソニーミュージックは、今から約50年前に当時のソニー(本社)がアメリカのCBSレコードを買収して設立された会社だ。
古くはキャンディーズ、山口百恵、佐野元春、レベッカ、大滝詠一等を輩出し、近年は米津玄師、KING GNU、YOASOBI、JUJU、RiSA等で斜陽の音楽業界を席巻している。
しかし半世紀を経て、現在のソニーミュージックのビジネスの柱は、アニメとゲーム分野で、その中心核がアニプレックスなのだ。
今や売上の主要部分はアニプレックスにが担っていると言って過言ではない。
両利きの経営と言う言葉を聞いたことがあるだろうか?
日本でこの経営方針で経営改革を行った成功例の1つとして有名なのは、富士フィルムが化粧品メーカーとして転換した事例だ。
従ってソニーミュージックが約20年近くを掛けてアニメ、ゲーム業界に進出し、成功を勝ち得ている本事例は、この両利きの経営の成功モデルとしてあげていいと思う。
つまり、音楽事業➡アニメ+ゲーム+音楽事業会社に進化したという事だ。
私は以前、映像コンテンツの運用ビジネスをしていたことがあるので、この歴史的な作品のビジネス面について気になった。それは映画製作委員会のメンバー構成である。
◉鬼滅の刃の著作権者等の表記は以下だ。
(C)吾峠呼世春/集英社・アニプレックス・ufotable
◉千と千尋の神隠しの著作権者等の表記は以下だ。
徳間書店・スタジオジブリ・日本テレビ
電通・ディズニー・東北新社・三菱商事
©2001 二馬力・TGNDHMT
鬼滅の刃の座組に入っているufotableは、アニメ映像制作会社なので、利益分配対象ではあるだろうが、事実上のビジネス主体は集英社とアニプレックスだろうと推定される。つまり、出版社+アニメビジネス会社+アニメ制作会社の連合と見える。
この2つの作品の座組を比較して見ると明らかだが、鬼滅の刃の方は圧倒的に制作委員会の参加メンバーが少ない。
特に大きな違いは放送局、広告代理店と配給会社が入っていないことだ。
何故だろう?
©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
映画のように、リスクが高く、多額の資金が主要なプロジェクトは、リスク分散をさせるため制作委員会を組成し、数多くのメンバーで組成する場合が多い。
映画制作委員会は、制作委員会メンバー各位が制作費用等を出資し、自分たちの得意なフィールドにおいて本作品のアウトプット(ビジネス)担当となり、実際のビジネスを回して利益分配に預かると言う構造だ。
千と千尋の場合の役割は以下だろうと推定される。
○スタジオジブリ:宮崎監督を中心とした企画立案、映画制作やキャラクター制作。
○徳間書店:書籍や関連CD等の窓口。
○日本テレビ&電通:放送と広告媒体を使った宣伝担当。
日本テレビは、映画公開後の地上波初放送の権利を保有しているはずだ。
○三菱商事:コンビニとのタイアップ。キャラクター等を使ったコラボ製品販売。
○ディズニー・東北新社:映画配給、映像制作、DVD製造と流通。
実は、映画制作委員会には、ビジネス構造上、ある大きな問題点がある。
それは、市場規模の大きなアウトプットを持っている委員会メンバーが最も利益を得やすいと言う仕組みだ。
例えば映画配給に関して言えば、本作で配給手数料だけで数十億円を手に出来たはずだが、この売上げは配給会社のみに入る。
ざっと計算するとこういうことになる。
◆興行収益324億円。
◆全国の劇場取り分は興行収入の50%の172億円。
◆委員会収入は残額の172億円。
なお、制作費として20億円、P&A(プリント&宣伝)費用として10億円が優先控除されると仮定。
委員会取り分の172億円だが、優先控除があるので142億円が対象となる。
その内の20%に当たる約28.4億円は配給会社の手数料売上となる。
仮にメンバー7社の出資が同額として、配給手数料を控除した金額で計算すると、1社の利益分配は16.2億円となる。
7社÷【172億-(20+10+28.4億円)】=16.2億円
つまり配給会社には映画収益だけで、32.4+16.2億円=48.6億円が入る計算になる。
因みに計30億円の制作及びP&A費用を7社で均等出資した場合、1社当たり4.28億円の出資となり、映画配給会社は、映画公開後の時点で出資の約10倍のリターンが発生すると言う計算になる。
尚、普通の映画ビジネスで、この様な回収例は稀であることを付け加えておく。
いずれにせよ、言いたかったのは、これまでの制作委員会とは、大きな売り上げを上げる可能性のある分野のアウトプット担当会社が、手数料収入によって更に大きな利益を得られ、リスクを低減出来る可能性が高い仕組みになっている点なのだ。
千と千尋の神隠しの場合、大成功した事もあり、各委員会メンバーの最終的な分配額も非常に大きいものになった。
配給会社はもとより、DVDを400万本も発売したディズニー・東北新社も大きなアウトプットを担当した事で相当な恩恵を受けたはずだ。
一般的な映画ビジネスは、リスクが非常に高いため、運用分配利益に頼るよりも、手数料収入を大きく得ることが委員会参加への目的になり得る。
したがって参加する出資メンバーが、マーケットの小さな分野に参画した上に出資額を大きくしてしまうと赤字になってしまう可能性があるのだ。
この点は政策委員会に参加するときに最も気をつけなければいけない部分だ。
(逆の場合は大きな利益になり委員会内の収支バランスが悪いため、大きな利益を得るメンバーには出資額を大きく出してもらうことになる)
©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
さて、鬼滅の刃は、千と千尋ではやらなかった、地上波放送局、広告代理店、配給会社等との座組みを組まず、出版社とアニプレックスだけを中心にビジネス座組みを組んだ。
余談だが、書籍出版社の多くは、漫画にしろ小説にしろ原作ベースの二次利用ビジネスに余り積極的な印象がない。
書籍出版社で二次利用ビジネスに比較的積極的だと思われるのが小学館で、独自の部署と専門スタッフを置いて、海外を含めた利用許諾契約を結んだり二次利用ビジネスを行っている。
だが、中小出版社になれば、編集長が窓口になっているようなお寒い事情が殆どだ。
また基本的に書籍を売ることの方が彼らの感心事であり、映像化に至るようなビジネスを積極的にやろうと言う人材は少ないと感じている。
しかし年々と出版のビジネス規模は縮小する一方である現実を踏まえれば、作家との強い絆を持っている書籍出版社が映像ビジネスへの進出を拒む理由は無いはずだ。
話が逸れたので元に戻そう。
鬼滅の刃が3社のみで制作委員会を構成した理由は以下だと思う。
①マーケット調査で本作が確実に利益を出せると判断していた。
②地上波テレビ局や広告代理店を使わなくても充分な宣伝体制が確保できると確信していた。また、委員会参加者を多くすることで意見調整や根回しに時間がかかる事を排除したかった。
③大して汗をかかない委員会参加者が、高額の手数料を手にして確実に儲け、汗をかいた参加者達の利益損失を避けたかった。
④制作委員会が持っている根本問題、つまり手数料収入による利益分配の格差を是正するために、参加メンバーを圧倒的に絞りたかった。
他にも理由があるかもしれないが、概ねこんなところだろう。
実際劇場版 鬼滅の刃は大成功し、歴代1位に輝いた。結果を見れば、このビジネスを主導した関係者の思惑通りで、加えて地上波テレビや広告代理店の存在が無くても成功出来る事例を示してしまった。
もちろんこれは鬼滅の刃と言う強力なコンテンツもなし得る技かもしれない。
しかし千と千尋と神隠しの時代と全く違うのが、インターネットを利用した宣伝方法や元来のコミック本や週刊漫画雑誌の存在が訴求の強力なツールになっていると言う事実だ。
もちろんすべてのアニメ作品が鬼滅の刃と同じような手法でビジネスを成立させることができるわけでは無いのだが、今後、少なくともアニメ原作やゲームをベースとした映像作品のビジネスにおいて、地上波テレビ局や大手広告代理店とコラボして制作委員会を組むような方法は少なくなっていくだろうと推察されている。
実際、鬼滅の刃の放送版は、MXテレビでの放送だが、MXテレビは本作のビジネスには全く絡んでいない。
理由は簡単で、本質的に役割のない委員会参加者に入ってもらう必要がないからだ。
(MXテレビも委員会に入る意図はなかっただろう)
以下の記事を読むとその背景が良く分かる。
★「鬼滅」や「Fate」はなぜ、東京MXを選んだのか 弱小局がキー局に勝るアニメ強者になるまで
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20210213-00411551-toyo-bus_all
今後のコンテンツ産業において生き残れるのは川上側であるIP、つまり作品を作れる立場の者か、川下側、つまり消費者に最も近い流通、プラットフォーム等を制している者に限られる。
もう一歩言えば、川上と川下の両方を制する者はより強い立場となる。
NETFLIXは正にその道を歩んでいるし、ソニー+ソニーミュージック+アニプレックスもその方向に舵を切っている。(ソニーはコロンビアピクチャーズも保有している)
今後、川上側と川下側を繋いでいるだけの中間業者、つまり既得権(電波の安価な使用と競合他社が殆ど存在しな業界)に胡坐をかいて上前を撥ねているだけの放送局、また放送局と組んでいるだけの広告代理店のような立場は全く不要となり、役割を終えるだろう。
「鬼滅の刃」が見せた次世代のビジネスモデルは、彼らに大きな課題を突き付けていると言っていいだろう。