松下幸之助、パナソニックの惨状に津賀一宏社長を叱る!34

 

 津賀社長の『リーダーシップの欠如』の最も重要な問題点の一つは、『実行力の欠如』です。言い換えれば、津賀社長の『実行面におけるリーダーシップの欠如』ということです。これまで見てきたように、津賀社長は“大戦略”自体は示しておりません(試合終了後に示された“大戦略”は実行段階には至っていないため、ここではないものとして扱います。)が、それ以外で津賀社長の決定した様々な全社方針や計画が必ずしも全社で十分に実行されていないことは、一応の回復を果たした後の2015年以降の“鳴かず飛ばず”の業績から明らかです。

 

 例えば、津賀社長は、就任以来、松下幸之助の経営理念の一つである『お客様大事の心に徹する』ということを『お客様価値を徹底追求すること』という“自分の言葉”で表現し、一貫して強調してきました。津賀社長の次の言葉を見る限り、“社内の論理”や“自社都合”を排して、顧客の喜ぶような製品を作り、“顧客の視点”から“逆算”して経営判断をすべきだとしており、『お客様大事の心に徹する』ということの本質を極めて正しく捉えていると思われます。

 

 「お客様の方向を向いている事業は収益が高い。お客様の要求を失った事業はおしなべて低収益です。」「売上を維持するために製品を出すということはしない。お客様が、「本当にこれが欲しい」「これを使って仕事や暮らしぶりが変わった」と思ってもらえるものを作りたい。」「コア事業という意味は一体何なのか。これまでパナソニックは、テレビ事業に徹底的に選択と集中して、一本足で成長と収益を勝ち取ろうとしました。私は必ずしもこういう方法は採りません。あくまでもお客様が何を求めているか、ということから逆算したほうが、間違えることが少ないのではないでしょうか。」「お客様が何を選ばれるかが一番大事です。プラズマテレビは昨年度の半分の250万台に設定しています。量を追うのではなく、お客様のニーズにフィットする良い商品だけを提供しようと腹を括っています。」「白物とかAVといった分け方ではなく、すべての商品がお客様にどう見えているかが大事です。」「あくまでも顧客の視点でパナソニックの商品を再構築したい。」

 

 津賀社長がこの約8年間言い続けてきたこの『お客様価値を徹底追求すること』ということが、もしも全社で実行されていれば、仮に先の“大戦略”がなかったとしても、パナソニックは文字通りのV字回復を果たし、さらには日立やソニーと並んで“成長軌道”に乗っていたことでしょう。『お客様価値を徹底追求すること』の実行が、各事業部における“戦術のレベル”で顧客のニーズを捉えた製品の開発・販売を次々に生み出し、それらの集積の結果としてパナソニックは成長軌道に乗れたであろうと考えられるからです。

 

 しかしながら、先にご紹介した通り、2015年度以降鳴かず飛ばずの業績という結果から見る限り、それは全社で実行されたとは言い難いのです。これは一体どういうことでしょうか?

 

 はっきり言えることは、笛吹けども社員たちが踊らなかったとことです。先の『日経ビジネス』『週刊ダイヤモンド』の指摘するように、『全社で危機感が乏しいこと』『全体最適を阻む事業部の縦割り志向』、『イノベーションの芽を摘む企業風土』、『人事の硬直性』などから、パナソニックの社内は、危機感が乏しく、下から上へ、また、組織間での風通しが悪く、また、『改革』に対する経営陣と現場の温度差が広がっているという状況であり、津賀社長の強調した『お客様価値を徹底追求すること』を実践していく上で、あまりにも多くの障害が事業部の現場には存在していたのです。

 

 『お客様価値を徹底追求すること』の最大の障害は、津賀社長が“大戦略”を“夢”や“目標”として提示することができない中で、“共通の目標”を持てない社員たち自身が、“私心”にとらわれたこと、つまり“自分や自組織、自社の利害”にとらわれて、“自分の都合”“自組織の都合(部分最適)”“自社の都合”で事業活動の様々な重要事項を決めてしまうことです。松下幸之助の指摘した通り、『お客様大事の心に徹する』ことの最大の敵は、自分自身であり、自分の私心にとらわれることなのです。