松下幸之助、パナソニックの惨状に津賀一宏社長を叱る!⑮

 

 このように、津賀社長の“徹底した合理主義”の頭の中では、本来“手段”に過ぎない“利益”が“目的”と化してしまっていました。それは、『自社の利益を確保したい』との“自社の利益”と津賀社長個人として『パナソニックの社長として利益を挙げ、文字通りV字回復の成果を示したい』という“自分の利害”“とらわれ”た結果、“利益”自体が目的となってしまったのです。

 

 このように“自分/自社の利害”にとらわれて、“利益”自体を目的として“利益重視の経営”を推進した津賀社長は、『儲けよう』と思えば思うほど、それ以外の大切なことが見えなくなってしまったのです。松下幸之助が、『儲けようと思っても儲かるものではない』と強調したのは、このことなのです。

 

 “自分の利害”にとらわれた経営者は、なぜ経営に失敗するのか、松下幸之助が見てきた多くの会社を倒産させた経営者に共通の特徴は、“自分の利害や感情”などの“私心”にとらわれたことでした。松下幸之助は、この人間の現実の姿、特徴というものを実に的確に捉えていたのです。それは、簡単に言えば、『人間というものは、自分の見たいものを見たいように見て、決めつけるものである』あるいは『人間というものは、自分の考えたいことを自分の考えたいように考えて、決めつけるものである』ということです。

 

 これは、『自分が儲けたい』という“自分の利害”に“とらわれ”ると、そのことに意識が“固定”されてしまい、それに関連する情報が集まります。(注意の焦点化)しかし、その一方で、それ以外のことが“心理的な盲点”となって認識から“削除”されて、認識することができなくなってしまうのです。これは脳のReticular Activating System(=RAS網様体賦活系)というものがフィルターの機能を果たして、外から入ってくる膨大な情報を無意識のレベルで選択しているためです。その際、自分の価値観(自分が重要だと考えていること)や信念(自分が本当に正しいと思っていること)が選別基準となって、必要かどうかの選別が行われ、必要とされる情報が集まってくる一方、不要とされる情報は、認識から“削除”されて、認識されなくなるのです。この意味で、『人間は自分の見たいものを見ている』のです。

 

 人間の認知のプロセス(見たり聞いたりするなど五感により外部情報を認識するプロセス)及びそれら外部情報を評価・解釈するプロセス(考えること)において、この“削除”というメカニズムが働いています。従って、見るものだけでなく、『人間は自分の考えたいものを考えている』のです。

 

 ここで重要なことは、そのように“削除”される情報の中にこそ、『追求すべきお客様価値』や『人々に心から喜んでいただくこと』、あるいはそのヒントとなるものが含まれているということなのです。それ故、『儲けよう』と思えば思うほど、『お客様が真に求めるもの』という本当に大切なことが見えなくなってしまうのです。

 

 昔から『恋は盲目』と言われるのはこのことです。好きになってしまった相手の“いいところ”しか見えなくなって、相手の悪いところは見えなくなるのです。周りの人たちがいくら彼の悪い噂を聞きつけて、それを伝えても“聞く耳”を持ちません。

 

 最近の例では、“オレオレ詐欺”を想定していただければわかりやすいと思います。騙された人も、後から考えれば、どうしてあんな話に騙されたんだろうと不思議に思うほど簡単に騙されてしまうのは、自分の息子が事故に遭って重傷を負ったと言われて、そのことに意識がフォーカスされ、固定されてしまい、それ以外の情報が削除されてしまったのです。その削除された情報の中に重要な情報があり、それを確認していれば騙されることはなかったはずなのですが、その時には、認識することができないのです。

 

 この“削除”という点について、松下幸之助は、次の様に述べています。「素直な心がない場合には、往々にして一つのことにとらわれてしまったり、自分の考えとか感情にとらわれてしまいます。だから、ついつい物事の一面だけしか目に入らず、他の面まで見る心の余裕もなければ、また視野というもの自体がひらけなくなる場合が多いと思われます。したがって、素直な心がない場合には、物事のさまざまな面を見、考えることができず、単に一面のみを見てそれにとらわれるといった姿に陥ることにもなりかねません。」(「素直な心になるために」pp.136-137)このように松下幸之助は、人間の様々なことへの“とらわれ”が、視野狭窄を招き、情報が認識から“削除”されることを的確に捉えていました。

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