以前こんなことがありました

いつも行く美容室で指名していた女性がいて

そんなに大きくない店で店長が出かけて二人きりになりました

何度かあってるけど仏法の話はしたことなくて

今二人だし話してみようと、物凄く緊張したんですけど話しました

やってみるとかはなかったんですが話は聞いてくれました

 

その日は緊張の疲れでぐったりしてしまいました

次の日は休みだったんですが元気に起きれて

予定じゃなかったけどなぜかドライブに行きたくなって

でかけてお腹が空いたんです

その頃は誰かと一緒じゃないと外食に行きたくても行けず我慢していました

女の一人飯なんてない時代です・都内ならチラホラいたかもですがソロ活なんて言葉もない頃でした

 

ラーメン屋さんがあって

食べたいなーと思って、でも一人じゃ入りづらいしどうしようと駐車場にいました

そしたらタクシーの運転手のおじさんが一人で入っていきました

私も一人で入ってみようと勇気だして店のカウンターに座りました

注文して美味しく食べることができました

なーんだ一人でも全然平気じゃんって嬉しかったんです

これからどこでも好きな時に一人で行けるんだって人生変わった瞬間でした

その頃って女が一人で店で食べてると可哀そうって視線を感じたり、日本料理の個室へ行くと集まりの下見の幹事さんですかと聞かれたりしましたが・・

一人ご飯慣れるまで注文の時〇〇ひとつくださいって言っちゃったり、ひとつって言わなくていいのに

 

一人旅行もできるようになって人生楽しくなりました

緊張して疲れた折伏だったけど凄い功徳を次の日にいただけました

ありがたいです

 

 

 

 

 

 

以前近所を歩いて顕正会の「日蓮大聖人に背く日本は必ず亡ぶ」という結構厚めの単行本(今ググったらアマゾンと楽天で千円で売っててびっくりしたんですが・定価100円なんですけど) を興味もってくれた方には渡したいと思い、広告文(定価1枚10円)を出会った人に渡したのですね

1時間くらいだったのですが・・

その間に偶然が3回もあったのです

仏法上この世に偶然はなくすべて必然なのでありがたいですね

 

1度目は広告文若い女性に渡したら「私も顕正会です」 って

嬉しかったですよ励ましあいました   なかなかない出会いですよ

2度目は犬の散歩していた女性に声をかけたら前に話聞いたことがあると

なんと姉の同級生だったんです

近所だからというのもあるけどぴったり時間が合うってなかなかないです

その時は断ったけどと言うので家で唱えてください良いことありますよと話せました

3度目はその前に歩いた時に広告文を渡していた近所の方で家がどこかは知らなかったんですが

庭にその方がいたんです

また話すことができました旦那さんが別の宗派で無理とのことでしたが、これも時間が違えば出会えなかったです

たった1時間の間に・・ほんと導かれるんですよね

ちなみに近所を会う人に話しかけながらというのは一人では今まで2回だけなんです

姉と一緒は3回くらいです   

 

こんなこともありました、ずっと会ってなかった同級生に話したいなあと思っていて

実家の番号しか知らず

何度か電話しようとしたけどなんか乗り気になれずできなくて

今日こそはと電話したら・・お母さんが出て今いますよとか

その日たまたま実家に帰ってたのです(お盆とかじゃなくて平日ですよ)   

後日会ってその友達は入信しました

 

偶然はない

よく信じない人が唱えて良いことがあったのは偶然でしょって言ったりするけど・・

奇跡を信じられないかわいそうな人だなと思います

「この世にはたった二つの生き方があるだけだ
一つは奇跡などないかのような生き方
もう一つは,まるですべてが奇跡であるかのような生き方だ」
アインシュタインの言葉です

 

私は超能力とかテレパシーも存在していると分かっていて

昔スプーン曲げのユリゲラーがテレビで視聴者にテレパシーを送るというのがあって

たしか3つか4つの図形があってそのどれかを送ったんです

私はすぐ四角だって分かりました その通りでした

仏法をやっているとそういう力はもっと出る気がします

ちなみに霊感が元々強いほうで中学生の時は毎日金縛りにあったり20代前半までは幽霊見たりしてましたがそのようなレベル・次元の低いものは寄せ付けなくなりました

     

 

  

 

キリストは「わが神、わが神、なぜあなたは私を捨てたのですか?」と言ってから人に殺されてます、人に殺されるようではとても人を守ることなどできないそうです

日蓮大聖人はキリストと同じく人に殺されそうになりましたが首を斬られそうになる日,八幡大菩薩をお叱りになるのです
「いかに八幡大菩薩はまことの神か。今,日蓮は日本第一の法華経の行者なり。 〜 日本国の一切衆生の法華経を謗じて無間大城におつべきを助けんがために申す法門なり 日蓮今夜首切られて霊山浄土へまいりてあらん時は,まず天照太神,正八幡こそ起しょうを用いぬ神にて候いけれと,さしきりて教主釈尊に申し上げ候はんずるぞ。 いそぎ御計いあるべし」

訳( 日本中が法華経を忘れ,無間におちてしまうのを助ける為の南無妙法蓮華経の法門である。 首を切られたら霊山で,天照太神と八幡大菩薩は法華経の行者を守らなかった,と教主釈迦に伝えるぞ。 早く助けなさい)
そして,首を斬られるその時に月のごとく光りものが光りわたるという大現証が起きてとても斬ることなどできなかったのです(竜の口法難・現実にあったことです)

以前みんなことがありました

昼間駅のロータリーを車運転していたらいきなり左から小さい子供が飛び出してきたんです

びっくりして思いっきりブレーキ踏んだらクックックと止まりました(ABSが作動したようです)

そして目の前を左から右へ子供の頭の上部分が通り過ぎるのが見えました男の子か女の子か分かりません顔も見えません

親はっ?と左側を見たらその子のお兄ちゃんでしょうか、あちゃ~って口を開けた顔をしてました親はいませんでした

 

その日は仕事の関係で地元の新聞社と約束があり時間もなかったのでそのままその場を去りました

ぶつかりそうになった時の状況はというと急ブレーキで助手席に置いたバッグが中身も出て下に落ちていたので「あーあこんなになっちゃって・早く行かなきゃ」としか思わないんです

人間て本当に怖いことに遭遇すると意識がそこに向かないようになるんだと思います

怖すぎて思い出したくないというか

あえて普通にしたいんですね

よく事件など起こした犯人がいつもと変わらない様子でに仕事していたりして周りがびっくりすることがありますが怖すぎて日常をしたいのかもしれません

 

それから日常が過ぎ、ちょうど一か月後に猫を轢いてしまったんです

夜よく通る道を走っていたら左から右へゴトゴトって音がして

なんか踏んだのかな、まさか猫じゃないよねと止まってバックミラーを見ると道の真ん中で猫が倒れてしっぽがピーンと立ってました

私は動物大好きで一番好きなのは猫なので怖くて怖くてとても外に出られず家に帰ってしまいました

帰ってからネットでいろいろ調べて、あのままではいけない私の車が轢いたんだから責任取らないと、猫が嫌いになってしまうのも嫌だと思い鰹節といらない布と寄ったスーパーでもらった段ボール持って現場に行きました

内臓飛び出ててもいいやと思いました

行くと工事現場にあるような赤い△のポール?が置いてあり猫の死骸がなく

探すとそばの電柱の下にいました、誰かが寄せてくれたんだなと思いました

大人の黒っぽい猫で目は飛び出ていました首輪はなく野良猫のようです

ごめんねー南無妙法蓮華経と言いながら頭をなでて布でくるみ段ボールへ入れネットで調べた動物の死骸を引き取ってくれる役所の門に「車で轢いてしまいましたよろしくお願いします」と書いたメモと一緒に置いてきました

今思えば次の日電話すれば引き取りにも来てくれると調べれば分かったのですが土曜の夜だったので休みかなとも思い・・迷惑だったら申し訳ないです・・

で死臭がすごい、取れないファブリーズ1本使い切ってようやく取れました

猫の場合は飛び出してくるのも分からなかったので避けようがありませんでした

 

そしてそのことがあり、そうだこの前危なかったな子供轢かなくて良かったなと思い出しました

あと一秒遅れていたらぶつけていたと思います

人生変わってしまったと思います守られました

これは私の勝手な考えですが猫が子供の身代わりになってくれたような気がするんです

猫が成仏してまた猫で生まれるなら今度は飼い猫として幸せになってほしいと祈りました

あの時逃げていたら猫が怖いと思ったかもしれません

今も猫は好きです

 

 

 

 

 

 

 

釈迦の利益は2千年しかなくその後はどうするかというのを釈迦自身が予言してまして、
上行菩薩が世に出てくるからその教えをやりなさい、その菩薩は国中から悪口を言われいろんな法難にあうであろう、と
それが大聖人様で一番の法難は竜の口法難で教科書にも載っている歴史上の、人として生まれましたが仏である証拠を残しました

 

竜の口法難とは

「文永八年九月十二日の竜の口法難は、国家権力による絶体絶命の死刑であった。

だが、御頸まさに刎ねられんとした時、「月のごとく光りたる物」が突如出現し、太刀取りは眼くらんで倒れ臥し、警護の兵士たちも恐怖のあまり一斉に逃げ出してしまった。

砂浜に一人座し給う大聖人は高声に叫ばれた。

「いかにとのばら、かかる大禍ある召人には遠のくぞ、近く打ち寄れや」と。さらに

「頸切るべくは急ぎ切るべし、夜、明けなば見苦しかりなん」と仰せられた。

しかし返事をする者とてない。全員が腰をぬかしてへたり込んでしまったのだ。まさに国家権力が、ただ一人の大聖人の御頸を切ることができず、その絶大威徳の前にひれ伏してしまったのである。

このような思議を絶する荘厳な光景が、人類史上、どこにあったであろうか。

この大現証こそ、日蓮大聖人が、名字凡夫の御身の当体即久遠元初の自受用身と成り給いて成道を遂げられ、末法下種の本仏と顕れ給うた御尊容であった。このとき聖寿五十歳であられた。

この大法難について大聖人は開目抄に

「日蓮といゐし者は、去年九月十二日子丑の時に頸はねられぬ。此れは魂魄佐土の国にいたりて・・・」と仰せられている。」

 

江の島は昔は刑場だったそうです

夜中の3時頃、砂浜でまさに刀をふりあげた瞬間に不思議なことが起こったのです

「月のごとく光りたる物」が空に出現したんですね

UFOという説もあります宇宙が助ける働きをしたと

真っ暗だったのに光が過ぎ去るまで昼間のようになりあり得ないことが起こったんですね

そして処刑どころではなくなり首を切ることなんてできなかったのです

現実に起こったことなんです

凄いですよね

 

 

 

大聖人様の御書「三三蔵祈雨事」には「日蓮、仏法をこころみるに道理と証文とにはすぎず、又道理と証文よりも現証にはすぎず」とあり、真言を信仰しても幸せにはなっていない事実を指摘しています

●真言宗を中国で広めた善無畏・金剛智・不空という真言師の話です

祈雨で失敗しています

善無畏三蔵が中国に渡った時は唐の玄宗の時代であった

大旱魃があって、祈雨の法を仰せつけられ大雨を降らせたので上一人より下万民にいたるまで大いに喜んでいたところに、しばらくして大風が起こって国土を吹き荒らしたので、皆興ざめてしまった

またその時代に金剛智三蔵が渡った。また雨の御祈りを行ったところ七日の内に大雨が降り前の時のように喜んでいたところに前代未聞の大風が吹いたので、真言宗は恐ろしい悪法であるとしてインドへ追い返されようとしたが、あれこれと言い繕って留まったのである

また同じ御世に不空三蔵が雨を祈ったところ、三日の内に大雨が降った、喜びは前の時のようであった、また大風が吹いて前の二度の時よりも激しく、数十日もとまらなかった

 

●真言を用いた玄宗皇帝は不幸になっています

玄宗685年~ 762年中国、唐の第6代皇帝で在位712年~756年 姓名は李隆基(りりゅうき)    

則天武后のあとに権勢をふるった中宗の皇后韋氏一派を710年にクーデターで一掃し、父の睿宗を即位させて自らは皇太子となり、やがて父のあとを継いだ

玄宗は治世の前半は混乱した秩序の回復につとめ、有用な人材を登用して国力を増大、対外的にも突厥をおさえるなどの積極策をとり年号からとって「開元の治」とたたえられた

 

しかし「貞観の治」と称された唐初期の治世を再現しようとする玄宗の理想は、くずれつつある律令政治のほころびをつくろうにすぎず、農村の窮乏、科拳制の浸透による新興勢力の増大などの新しい時代の動きにこたえるものではなかった この矛盾はしだいに明らかとなった

財政はゆとりをなくし、均田制や府兵制などの諸制度もくずれはじめた

玄宗はしだいに政治をおろそかにするようになり、息子寿王の妃だった楊貴妃をうばって後宮にいれるなど遊興にふけっていった

 

755年に安史の乱がおきると玄宗は翌年四川へおちのび、その途中で楊貴妃は殺される

玄宗は皇太子(粛宗)に位をゆずって上皇となり757年にうばいかえされた長安へもどったが、粛宗との不和で幽閉同然となり、失意のうちに病死した

 

●真言を日本にひろめた弘法も祈雨で失敗しています

 弘法は「弘仁九年の春の疫れいの時祈ったら夜中に太陽が出た」「中国からの帰途、海上から三鈷を投げたら高野山に埋まっていた」などと人々を騙す大嘘があります

 

●真言の害毒により後鳥羽上皇は承久の乱において王位を失っています

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人は過去世の宿業により十界のいずれかが、その人の生命の中に強く現れて生まれてきます

この先天的な生命の傾向を宿命といいます

 

例えば先天的に地獄界の傾向が強ければ常にいじめられ、あるいは修羅の傾向が強ければ常に争いを起こすということになります

しかし、たとえ生涯苦しめられる地獄界の宿命を持っていたとしても、もし御本尊を信じ南無妙法蓮華経と唱えれば御本尊の縁にふれて仏界がゆげんし、必ず守られる幸福な境界に変わってきます

これが宿命転換です

 

●地獄界

苦悩に苦しみ、しかも束縛されてその苦から逃れられないという境界

病気で苦痛と死の恐怖におびえたり、職場など人間関係や、家庭不和で心身ともにさいなまれる状態・生命の維持発展が妨げられる境界 「怒るが地獄」とは怒りが殺人などを起こし地獄の因となるからである

 

●餓鬼界

貪欲にとらわれ、常に不満不足の念に満ちている境界

金銭・地位等におい、飽くことを知らぬ者、自分はありあまる財を持ちながらも人には惜しみ、あるいは自分は美食しても親には惜しむなどはこれにあたる・むさぼりは因、飢えは果、これ飢餓の因果である

 

●畜生界

目先のことにとらわれて物事の道理をわきまえぬおろかな境界・また強い者を恐れ弱い者をあなどる卑怯な境界

この界の特徴は愚かしさと卑怯にある「畜生の心は弱気をおどし、強気をおそる」会社などで上役にはへつらい、部下には威張り散らすような者も畜生界である

 

●修羅界

常に他人より勝ろうとする異常な嫉妬、競争心に満ちた境界

したがってこの境界には争いがつきものである・また修羅は心がひねくれ曲がっているから、人から正しいことを言われても素直に受け取れず、すぐにカッとなって腹を立てる

 

●人間界

「平らかなるは人なり」と仰せのように、穏やかで平和を愛し、道義をわきまえ、親、兄弟、友人を思いやるなど人間らしい平らかな境界

 

●天上界

「喜ぶは天」とのように願いが叶って喜びに満ちている境界・また先天的な福運により恵まれた生活が送れるような境界

ただし天上界の喜びは「天上の五衰」といって永続きするとは限らない

 

●声聞界

真理の探究に生きがいを感ずる境界

学門・研究などに一筋に打ち込む学者、智識人などはこれにあたる

ただしこの境界の者は自分の知り得た智識に固着して独善的となり、他を利益する心がないのが特徴である

 

●縁覚界

世間の無常や飛花落葉などを見て、一種のたい観を持つ境界

一道一芸に秀で、ある種の安らぎを得ている者などはこれにあたる

ただしこの縁覚もまた独善的さとりにこだわり、利他の心がない

 

●菩薩界

他を救わんとする慈悲の境界

「六道の凡夫の中において、自身を軽んじ他人を重んじ、悪を以て己に向け善を以て他に与えんと念う者あり」(十法界明因果抄)このように自分のことをかえりみず他を救わんとする境界がこれにあたる

末法における真の菩薩界とは、日蓮大聖人の眷属として自ら三大秘宝を受持し、御本仏の願業たる広宣流布に勇み立つ者である 「日蓮と同意ならば地ゆの菩薩たらんか」(諸法実相抄)

 

●仏界

御本仏日蓮大聖人の御境界こそ仏界であられる

生命の極理を証得された大智恵、竜の口で示された絶大威力、大難を忍んで一切衆生に三大秘宝を授与せられた大慈悲、このような徳を兼ね備えられた大境界を仏界と申し上げる

 

自分は現在、どの境界にいますか?南無妙法蓮華経を唱えて仏界に近づけさせていただきましょう(^-^)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が勤行をするようになったのは小学4生の頃だったと思います、母親がやっていたのでやるようになりました。

それから毎日勤行をやり覚えてないですが高校生になってから入信したと思います、その頃は会館もなく人の家に曼荼羅がありそこで入信勤行や座談会をやっていました。

 

子供のころから勤行はやっていたのでいろいろ守られていましたがいつしか形だけになっていました。

それから20年たち身近に悩みをもった人もいたのに折伏さえしませんでした。家に顕正新聞もあったのに読もうともせず、近くに会館も建ったのに参詣も行かなかったのです。

そして信心が弱くなっていました、アルバイトで行っていた店に邪教の神棚があり経営者が「ここしか置くとこないのよね」と言ったのでエアコンの下じゃ駄目だろうななんて思ったり(邪教だと教えないといけないのに)雑誌のおまけでついていたおまじないのイラストを化粧ポーチに貼ったりしていたんです。

 

そしてついに罰があたりました。顔がステロイド皮膚症になりひどいことになったのです。

アイボンという目を洗うものを使っていたらまぶたが荒れて近所の皮膚科に行きました。ステロイドの塗り薬をもらい塗ったら治ったので荒れるたびに塗っていました。

(今考えると薬塗らなくてもアイボンはやめたのだから時間はかかっても自然と治っていたはずですが・・)

そのうち塗ってもまた荒れる、また塗って荒れる間隔が短くなり何かおかしいとネットで調べるとステロイドは基本的には顔には塗ってはいけない薬だと知りました。特に皮膚が薄いまぶたには。

そして塗るほどに皮膚が薄くなり荒れていきそれを止めるには薬を止めるしかないと知りました。本来は徐々に薬を減らしていき止めればいいらしいですが私は塗るのが怖くなり薬を止めました。するとリバウンドで塗っていない顔全体が赤く地図状になり荒れて腫れところどころリンパ液が出てかゆくて酷い顔になりました。

悲しくて泣くと腫れるので泣くこともできない、寝てる時に無意識にかいてしまい朝になるともっとひどくなっていて落ち込みました。

 

そんな私を見て姉が会館へ連れて行ってくれました。初めて仏間に入った瞬間に涙が止まらなくなり私が悪かったのだと分かりました。ずっと泣いていたので畳を濡らしてしまいました。命が大聖人様を求めていたのと分かりました。

それから折伏するようになったんです。一人では勇気がなくて姉と一緒にしてもらいました。友達が何人か入信してくれました。

それからは顔の状態も落ち着いてきましたが、薬を貰う気はないが医者の意見を聞きたいと思い荒れた顔のまま病院へ行きました。

そしたら医者が「3日塗ったら止めるようにと言ったんですけどね」と言ったのです。耳を疑いました。私はそんなこと聞いてません。医者のいうことは守るので・・薬の説明書にも書いてません。そして貰った薬は大きい容器のものです、もっと小さい容器もあるのに。少量で済むなら小さい容器で出せばいいのに。

ああこんな医者なんだ、逃げようとしているんだと悲しくなりそこで泣いてしまいその日は帰りました。

そこは内科で皮膚科もやっているところで、皮膚科専門ではありません。

悔しくて医者を訴えたいと思いました。3日で止めていたらこうはならなかったと思うからです。そして簡易裁判所に相談したら正しい名称を書いてと言われ(病院が何会なのか)分からないと言うと病院に聞けば分かると言うので電話して聞くと、なぜ知りたいのかというので私は3日塗ったら止めるようにとは聞いていないので訴えたいからと言いました。話を聞きたいから今から病院へ来てくれと言われ先生は弁護士に相談しますということでした。

医者を訴えたところで裁判しても負けると思ってました、こうゆう裁判はまず勝てないと。言った言わないの証拠もありませんし。裁判は長くかかるしストレスだろうなとも思いましたが私は泣き寝入りはしたくなかったのです。

 

その後弁護士から手紙が届き私は逆に名誉棄損とかで訴えられたのかとビクビクしながら読んだら和解したいとのことでした。和解金も貰え裁判もしないで済み一番良い方へ解決したのです。裁判していたら疲れ切ったことでしょう。もう二度と同じ被害者は出ないでしょう。泣き寝入りせずに済んだのです。ありがたいです。

 

それからは薬が大嫌いになり病院も嫌いになりどんどん健康になりました。風邪ひいても薬も飲まず寝れば治るようになったんです。顔の症状も時間はかかりましたがすっかり元に戻りました。

会館へ参詣も行くようになり折伏も一人でできるようになりました。罰で気付づかせていただいたのです。あのままだったら信心もなく宿命も変わらず不幸も続いたでしょう。

 

それでも20年間いろいろ守られました。

自転車で調子にのって飛ばしてたことあり、信号待ちしてて青になったのですぐ発進しようとしたら右隣に男の人の自転車が来てピタっと止まったのでアレっと思い私も止まったら目の前を大きなトラックが通り過ぎたんです。
片方が異常に長い交差点で途中で赤になって渡りきれなかったトラックでした。
その自転車いなかったら確実に轢かれてます、死んでたかもしれません。

 

寝ぼけていて2階のベランダから竿を道へ落としてしまい(すごい音がしました) 取りに行ったら自転車が通ったこと。1分遅れたらその人にあたって怪我させてしまったでしょう。守られました。

 

その時付き合っていた彼氏と温泉旅館予約していて風邪ひいたので私は行くのやめましたが彼はもったいないからと友達と行ったら彼の車が車上荒らしに遭い警察に時間がかかって大変だと知らされたこと。

 

バイト先の人と韓国人がやっている焼き肉屋に4人で行き注文の時みんなビビンバを頼んでいたので私も頼みたかったのですがなぜか上の人に〇〇ちゃんはご飯でいいのよねと言われ、はいと答え、あービビンバいいななんて思っていたらそのうち順番にトイレに行きだし帰りのタクシーでなんかビビンバ悪くなっていたよねと話していたこと。食べなくて良かったです。

 

小学生の時はタンスの引き出しを開けようとしたら建付けが悪くガタガタやっていたら
なぜか手が上にいったのです、タンスの上に飾ってあった表彰状の額縁が頭に落ちてきたのを手で払うことができたのです。手で除けなかったら頭にあたってました。
落ちてくるのは全く気付かなかったので子供ながらに守られたと分かりました。

その他たくさんいろいろ守られたのです。

 

最初は母は創価学会に入っていました。でもあまり変わりなく顕正会へ入ったのです。

顕正会へ入ってからも学会の時にもらった曼荼羅が家にありました。罰があたった何年か後に返納し富士大石寺に向かい勤行する遥拝勤行に変わりました。

 

勤行やっていても信心がふらふらしていては駄目なのです。

 

猿島という横須賀から船で10分の東京湾に浮かぶ無人島があるのですが、そこに大聖人様の伝説があります。鎌倉に布教へ行くのに船に乗っていて嵐に遭い漂着した島です。

 

「1253年、日蓮は房州(千葉県)から相模国(神奈川県)へ舟出しましたが、その途中、突然風波が荒くなり舟は木の葉のように波にもて遊ばれ、進むことも戻ることもできなくなりました。
この波で船底に三寸の穴があいてしまい、そこから海水が進入し舟は沈みそうになりました。
日蓮は海面を見つめ、「南無妙法蓮華経」と唱えると不思議にも荒れ狂っていた風波が静まり、舟の海水はすっかりひいていました。

しかし風は相変わらず強く船はいつしか猿島へ漂着しました。やがて、上人の前に白い猿が現れ、陸地の方を指さします。これは猿島から出て陸へ行けということだと思い、船で海を再びわたります。

 

一方、三浦半島の石渡左衛門尉は前夜東の方から偉い人が来るとのお告げを受け、高台から海を見ていました。そうすると日蓮上人が船でこちらに向かっているのが見えます。船は近づいてきましたが浜は磯で上陸することができません。石渡氏は海に入り上人を背負って上陸しました。

上陸して上人が石渡氏の足を見ると血が出ていました。「その足の血はどうしましたか」と聞くと「サザエの角で切りました」と石渡氏は答えます。そこで上人が再びお題目を唱えると、このあたりのサザエは角がなくなったということです。

 

また、左衛門尉がお腹がすいたのではとおにぎりを差し出しますが、寒さで震えていた上人はそれを落としてしまい砂がついてしまいます。しかし、上人が息を吹きかけるとゴマ塩おにぎりに変わりました。それ以来この浜は米が浜と呼ばれるようになりました。

船底の浸水がなぜ止まったのかと見てみると、大きなアワビがついていて日蓮上人を救ったことがわかりました。

 

このあと上人は石渡氏の世話をうけながら21日間米が浜の洞窟にこもった後、鎌倉へ向け出発していきました。」

 

船の底に穴があいたけど南無妙法蓮華経を唱えたらその穴にアワビがくっついて穴をふさいだので沈まずに済んだのですね。

ちなみに白い猿というのは宇宙人ではないかという説もあります。

 

観光地にもなっている島でしていつか行ってみたいなと思います。

本当の幸せって何だと思いますか

私は心に教えてもらいました

精一杯真剣に勤行をやってみようと決め、毎日会館へ参詣に通いました

そして一生懸命南無妙法蓮華経を唱えました

唱えていると男とか女とか人間とか関係なくなるんです

魂だけになる感覚です

ただずっと唱えていたい有難いと

 

そして通いつづけて一か月後、本当の幸せが何かが分かったんです

他の情報を見たとかは一切ありません

突然心で分かったんです

仏法ってすごいなーっと思いました

「本当の幸せとは人の幸せ」なんだなという事が分かったんです

人間がみんなこう思っていたら?みんなが幸せになれるんです