2.血と硝煙の街6 | 風の痛み  Another Tale Of Minako


「逃げなきゃ…」
とりあえず、2階の自分の部屋で、大急ぎで服を着替え、あるだけのお金と予備の弾を持って、サーニャは降りてきた。
「エヴァ…ごめん。ごめんね。…もう、行くね」
サーニャは、血で真っ赤になったエヴァの手からプラチナの指輪を抜いて、ハンカチに包んでポケットにしまった。

ドアに人影。
サーニャは、さっと銃を構えた。
「撃たないで…サーニャ…おばさんだよ」
隣のヴェロワおばさんだ。
「おばさん…」
「銃声がしたんで…心配で…」
「ありがとう…でも、もう出て行くの、わたし…」
サーニャは、ヴェロワのいる玄関のほうへと歩き出した。
「エヴァちゃんは?」
「死んだわ」
気丈に歩いたが、その一言で、サーニャはヴェロワの胸で泣き崩れた。
「ひどいことを…。さっ、とにかく家においで、ここは危険だから…」
ヴェロワは、サーニャを抱きかかえるように歩き、自分の家に入れた。

「あったかいミルクでもいれようね」
ヴェロワは、サーニャを食卓の椅子に座らせると、キッチンに立った。
「おばさん…お父さんやお母さん、どうなったの?」
ガチャ
ヴェロワが食器をぶつける音が響いた。
「兵隊が来てね…連れて行かれたよ」
「どこに?」
「さぁ…7番街の収容施設じゃないかって、みんなは言ってたけどね…」
ヴェロワの声が低い。
「さぁ…あったかいよ。飲みな」
今度は、明るい声でサーニャの前にカップを置いた。
「ありが…」
サーニャの視線が一か所に注がれて、止まった。
「どうしたんだね。さぁ、冷めないうちに…」
ヴェロワは、ピクリとも動かないサーニャの視線を追う。
「そうか、冷たいもののほうがよかったかねぇ」
ヴェロワは、そう言って、立ち上がり、ワゴンに乗せてあった紙の袋を持って台所に入った。

(危ない…危ない…早く電話しないと…)
ヴェロワが受話器を上げたとき
「どこにかけるの?」
サーニャの声に、ヴェロワは驚いて受話器を置いて振り返った。
「サーニャ…何なんだい?」
サーニャは、銃を構えていた。

「その袋、ここに持ってきて」
「何を言うんだい。サーニャ」
「早く!」
サーニャが、銃の撃鉄を起こした。
「よし…よしとくれよ…サーニャ。そんなもの下ろして…」
「早く!」
「わかったよ。だから…それをしまって…」
ヴェロワは台所を出て、テーブルの上に紙袋を置いた。
「出して…出しなさい。早く!」
その紙の袋は、連邦の首都、ザグリブにある百貨店のものだ。
紙質がよくて丈夫なのでサーニャの母が、使っていた。
ヴェロワの家にあるのは不自然な袋だ。
「開けて」
袋の中には、サーニャの母が大事にしていたペンダント、指輪、イヤリング、宝飾類が投げ入れられていた。
「サーニャ。違うのよ。これはね…。あんたたちが帰ってきたら渡そうと思って、盗まれないように、おばさんが預かっといたんだよ」