4.
「ここよ」
「間違いない?」
「だって、ほら」
裕子が指差した表札に雑賀と書いてあった。
雑賀なんていう苗字は、そうめったやたらにあるものではない。
「どうする?」
(ここまで来て、どうするはないでしょ)
「由佳、押しなさいよ」
(どうしてわたしが…)
「しょうがないなぁ。押すわよ」
ピンポーン
(うわ、緊張する)
返事がない
ん?
なにか中で物音がした。
“どなた?”
インターホンから女性の声がした。
(えっ、女のひと?)
驚いているのは、裕子も同じ。
裕子と顔を見合わせた。
“あのぉ…クラスメートの佐倉と由佳です”
(おい、なんで自分は苗字でわたしは名前なの?)
「ちょっと、ちょっと…待ってね」
慌てているような…
“誰?”という裕子の目に、“さぁ?”と目で答えた。
ちょっとというには、けっこう待たされて、ようやくドアが開いた。
「いらっしゃい」
(えっ?どうして美咲ちゃんが…?)
「先生…」
「雑賀君が、体調が悪いって言うんで見に来たのよ」
「雑賀君、だいじょうぶですか?」
思わず、訊いてしまった。
「心配要らないみたいよ。試合には出られるって…。佐倉さんも夏樹さんも様子見に来たの?」
「はい。朝、いなかったから、どうしたんだろうって…」
「入って…。雑賀君いるから」
(そりゃ、いるでしょ)
真一はベッドで寝ていた。
「雑賀君、佐倉さんと夏樹さんが、心配して来てくれたわよ」
「えっ?」
真一が不思議そうな顔でわたしたちを見ている。
「だいじょうぶ?」
顔色は悪くない。
「ああ。だいじょうぶだ。ちょっと熱出しちゃって…」
「下がったの?」
「ああ。もうだいじょうぶだ」
「足は?」
裕子が割り込んできた。
「たぶん。だいじょうぶだけど…。足の事、べるげんに聞いたのか?」
「ううん。真美さん。わたし、真美さんと知り合いなんだ。ここも真美さんに教わったの」
「そうか、それで足の事知ってるのか…」
「朝、来ないから、由佳と二人で心配しちゃってさ」
「そう?ありがとう。夏樹も…。明日、向こうに行くし、試合にも出られるから…」
「そうなの?よかった。がんばってよ。応援してるから」
「俺のか?」
「雑賀君も…」
「そういうことか」
「違うよ。由佳は、雑賀君の応援だよ」
(こら、ばか裕子)
「裕子、何言ってんの」
「わかった。がんばるよ。でも、全国だからなぁ」
「気の弱いこと言ってないで、がんばって」
「わかった」
「じゃぁ、帰るね」
「ああ。ありがとな」
「ううん」
「帰るの?」
どこにいたのか、でかいバッグを持って美咲ちゃんが出てきた。
「はい」
「わたしも帰るから、いっしょに行こう」
「はい」
なにか、気まずくて、3人とも黙ったままマンションの外に出た。
「じゃぁ、わたしは車だから…」
「はい、じゃぁ、失礼します」
裕子といっしょに美咲ちゃんの車を見送った。
「由佳」
「何?」
「どう思う?」
裕子の目が怪しい。
「何が?」
「美咲ちゃんよ」
確かに怪しい。
「美咲ちゃん、真一のとこに泊まったんじゃない?」
「まさか?」
「でもさ、見た?すっぴんだったよ」
「そうなの?」
「それに、あのバッグ」
「そうそう、あれって、なんか変よね」
「見なかったの?」
「何を?」
「あんたが真一に話しかけたときに、バッグ抱えて、隣の部屋に入っていったんだよ」
「へぇ、知らなかった」
「部屋に入ったときは、バッグ空だったのに、出てきたらぱんぱんに張ってるし…」
「裕子、よく見てるわねぇ」
「あんたが、見なさすぎなのよ。服だって、昨日と同じだったし…」
「そうなの?」
「それにさぁ、出るとき、美咲ちゃん、ドアに鍵かけたでしょ?」
「そうよ。あれは、わたしも、あれって思った」
「合鍵持ってるってことよね」
「合鍵?」
なんか、…なんか、…いやだ。
「それから…」
裕子が言葉を切った。
「何?」
「見てよ」
裕子の視線は、美咲ちゃんの車が止めてあった場所に注がれている。
「どうかしたの?」
「気づかない?」
「何が?」
「雪よ」
ほとんど雪は溶けているが、美咲ちゃんの車のあった周辺には、車から滑り落ちた雪が残っていた。
「周りに雪はあるけど、車が止まってた場所には雪、ないでしょ」
確かにそうだ。
「雪が降る前から、ここに止ってたってことよ」
(すごい。すごすぎる。名探偵、江戸川裕子)
「泊まったってこと?」
「まちがいないわ」
「いいの、そんなの?」
「あんたの問題でしょ」
「わたしの?」
「由佳、いいの、こんなの?」
どうして、わたしに聞くのよ?
よくないけど…
「どうしたい?」
「何を?」
「美咲ちゃんよ」
「でも、看病してたのかもしれないでしょ」
「真一、元気だったじゃない」
「熱があったって言ってたし…」
「たとえ、看病だったとしても、どうして美咲ちゃんなの?」
「どういうこと?」
「真美さんだっているのよ。真美さん、昨日、真一に電話してるのよ。真一、熱のことなんか真美さんに話してないし、具合悪いなら行こうかって言ったら、真一はだいじょうぶだって断ったって言ってたわ」
「そうなの…」
わたしは、昨日の事故のことを裕子に話しかけて思いとどまった。
裕子に話すということは、全校生徒に話すということに等しい。