超然たるノラ猫魂 『隆明だもの』 | Minahei

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ライター戸塚美奈のブログです。

 

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ハルノ宵子さんの『隆明だもの』が最高におもしろかった。

父上である吉本隆明さんのヒミツあれこれがサラッと書かれていて驚いた。ハルノさんは漫画家だが作品を読んだことはなかった。文章がうますぎる。そして、議論を恐れず来る者拒まずだったといわれる吉本隆明さんを見続けていたからなのだろう、その何者にも媚びない書きっぷりたるや。

ハルノさんはご両親の介護を経て看取られた後、ご自宅を改築して『猫屋台』という店を出して気ままに料理を出したりしているようで(今どうなっているかは知らない)、その改築の様子は「ほぼ日」のサイトで見ることができる。そんなサイトで目にするハルノさんは、まったく飾り気がないが、自身は漫画家であり、かつ、偉大な思想家の父、世界的人気作家の妹というファミリーを持ち、紛れもなく文学界のセレブお嬢なのであり。坂本龍一さんが心細そうにお参りに尋ねてきて原発について尋ねた話や、ボケてしまった吉本隆明さんが「今テレビのニュースで、村上春樹がオレの悪口を言ってやがった」なんて言っていた話まで、一般的な人なら書くのに躊躇するようなエピソードがポンポコ飛び出す。

 

私は大学生のとき、秀才の同級生に「おまえ『共同幻想論』読んでないだろ」とバカにされた。角川文庫のそれを読んでみた。なんか一瞬よくわかったような気がしたけれど、気のせいだろう。日本文化学科だったので、吉本隆明氏の本は読むべきだろうという気がしたけど、読み通せた本は一冊もなかった。私にとっては吉本ばななさんのお父さん、でしかなく、後年、オウムを擁護したとか、反原発に否定的などで話題になったことで、私にとってはますます「?」という人物でしかなかった。でもそのナゾがこの本ですこーしだけ解けたような(それも気のせいかも)。

 

吉本家にはさまざまな党派の人が集まり議論し、隆明さんはだれをも拒まず受け入れたそうだ。けれど、徒党を組む人を決して信頼はしなかった、ということ。子どもの頃赤い羽根募金をしてよいことしたと思っていたハルノさんを、両親は「フフフン」と鼻で笑う。どんなに善いことでも、集団で行った場合、それは「悪いこと」に転じるのだということ。「何か善いことをしているときは、ちょっと悪いことをしている、と思うくらいがちょうどいいんだぜ」と隆明さんは言っていたそうだ。「同調圧力を振りかざす世間の空気からも、”ひとり“であらねばならない。」「父に刷り込まれたのは、「群れるな。ひとりが一番強い」なのだ。」とハルノさんは書く。(「党派ぎらい」)

 

巻末の吉本ばななさんとの姉妹対談で、吉本ばななさんが、父君のことを、大学で教えたりしなかったことはすごいと思う、と言っていた。だから、自分もその誘惑には負けないようにしている、と。「何かの講師になって定期収入」「理事」「国の仕事とか学校関係とか」「もしや遠回りだけど、これノーベル賞に続く道?」そういうお誘いを全部断っていると。感服した私はばななさんのnoteを購入した。前回書いた橋本治さんも、そういうことはしなかった。

 

だから、隆明氏は書きまくるしかなかったのだと。奥様(ハルノさんとばななさんのお母さま)が料理を放棄してからは料理、娘たちの弁当作りなど家事もして。過酷な状況で書いていた。「自分のやることは25時間目にやってました。私は介護をやるようになってから、25時間目なんてないよ! って思いましたが。」(ハルノさん)といいながら、ハルノさんも、介護をしながら吉本家に次々に訪れる人に料理を作り、その間を縫って漫画やエッセイを書き続けていく。親子にわたっての、書くことへの執念というか、地を這うような底力を感じてしまう。

 

ボケてしまった隆明さんは、娘が共産党のシンパで、お金を共産党に流しているのではないかと妄想してしまう。なぜかいつも妄想上の敵は「共産党」だったそうだ。戦後最大の思想家は、共産党(共産主義者たち)と激しく論争した青春時代に戻っていた。

社会主義的な考え方じたいを否定していたのではない、群れること、徒党を組むことの怖さ、善きことをしているつもりでじつは全く思考をしていない、そんな状態を徹底して危険だと考えていたのだ。

 

集団行動を嫌い、議論をおそれず、権力におもねらず、怖い物知らず。そして徹底して開放的。そんな思想と気風はハルノさんにがっちりと引き継がれる。玄関は鍵をかけず誰でも入り放題。ハルノさんは来る人を受け入れ、絶品料理を出す。勘違いしたストーカーがやってきても落ち着いたもの。何十年もたった一人でノラ猫保護を続けてきたというハルノさん。あちこちから目をつけられても、敵対しない。「敵対関係を作った時点で、こちらも”党派“になってしまう」と。協力してくれた人には御礼を言うのみで会合もない。「だから”共謀罪”なんてヤツも関係ない。」と。

 

アナーキー。というか。いや、超然たるノラ猫魂、というか。

 

昨今の、このなんともいいようのないヤな世の中をどう生きるべきか、おおいなるヒントを、この本からもらった。

 

 

『隆明だもの』ハルノ宵子著 晶文社