最近ダンナが、ケーブルテレビで放送している昔の名作テレビドラマを録画しては休日に観ている。なにご隠居みたいなことやってんだい、と背を向けて本を読むつもりが、結局、一緒にソファに座りこんで観てしまう。
先日見たのは、山田太一脚本『想い出づくり。』、それと、倉本聰の『前略おふくろ様』に『川は泣いている』。
『想い出づくり。』は、結婚適齢期の三人の女性が主人公。仕事は腰かけ、結婚という幸せを願いつつ葛藤する様子が描かれる。先日観た回では、娘と同棲する働かない男に、児玉清さん演じるところの父親が説得に行くシーンがあった。定職につかず、うまいこと儲けられる仕事はないかなと考える若造に、「頼むから定職について、娘と結婚してくれ。こんな物分かりのいい親はいないよ」と若造に対する怒りを抑え、目を赤くしながら必死に説得する。田中裕子が演じる香織は「この人!」と思う人でなければと、なかなか決められないでいるが、「やっぱりあの人にしようかなぁ」とつぶやく。それを聞いていそいそと母親が相手の家に電話をする。
親が、やさしいよなぁ、と驚いた。今、こういう親、いるだろうか。20にもなったら立派なオトナ、あとは自分でなんとかしなさい、と突き放す親のほうが多いのではないか。
『前略おふくろ様』は、深川の料亭で働く見習いの三郎の物語。故郷山形で暮らす母親に向けて手紙を書くモノローグが話題になった名作だ。母親に手紙を出す息子なんてほぼ絶滅した存在だろうが、今なら、LINEでメッセージを送るのだろうか。しかし手段は何であれ、今の時代、母親に自分の身辺のことを報告するという息子の存在を想像するのも難しい。
『川は泣いている』は、わりと最近(といっても1990年)のドラマで、若い東幹久さんが主演。2浪で今年ダメなら就職、なんていう設定で、思わずダンナと顔を見合わせてしまった(うちと同じだ)。結局、主人公は受験に失敗。その後、お父さんとお兄さん二人で、「あいつは今年もダメだったそうだな。どうするんだ。ダメだったらもう働く約束なんだろう?」「いや、あいつ次第だよ」なんてやり取りが。なんだか、やたらのんびりしてるじゃないか。
テレビや新聞では日々、スポーツや各界で活躍する素晴らしい20代を紹介している。若くして起業したり、世の中ではとかく早熟で立派な若者が注目される。でも、実際には20代なんてまだまだ大人の助けがいるのが多数派だろう。このごろ、大人は若者たちに自立、自活をせかし過ぎちゃいないか?
昭和のドラマには、「間」がある。その「間」に、チッチッチッと鳴るふりこのついた時計、シュンシュンと音をたてるストーブの上のやかん。懐かしい音が響く。
そして何より、昭和のドラマの「間」は、もくもくとタバコの煙だらけ。寝タバコあり、吸い殻のポイ捨てあり。会話の合間には必ずタバコをふかし、フーッと煙を吐く。マッチ箱からマッチを一本取り出してすり、タバコに火をつける。三木のり平さんの吸うタバコのおいしそうなことったら。
私はタバコは吸わないが、このところの愛煙家迫害運動(?)は行き過ぎではないかと思っている。絶滅させようとしているのではと思うほどヒステリック。愛煙家を人殺しのように言うのはやめてもらいたい。
昭和のドラマを観て、もくもくたるタバコのけむりの向こうに見える、大人たちの横顔。そこに、人間のやさしさが見えるような気がする。あのころの大人たちはタバコのけむりのおかげで、寛大になれていたのかもしれないなァと思うのだ。そして、ドラマも、おもしろかった。