昨日、仕事にでかけるついでに、行きたかった山崎豊子展をのぞきに行きました。
日本橋高島屋でやっていると知っていたので、よく考えずに日本橋三越前で降りて、そのまま三越に入って登ってしまい、桂由美ウェディングドレス展?ハテ、とスマホで確認したところ、高島屋だったことが判明・・・。
スタコラ三越を出て、日本橋を渡り、高島屋へ参りました。
最終日の平日ということもあり、高齢者、高齢者、高齢者の波でした・・・・。
私が確認したかったのは、取材ノート。
ごく普通の大学ノートを使った取材ノートで、生涯で約980冊のノートを残したそうです。
文章を書くためのノートはタテがきに使い、
人に取材したノートは横書きでラフに書かれていたのが印象的でした。
(大学ノートって、横に書くべきかタテに書くべきか、この年でいまだに迷うのです)
しかしそれにしたって、
89歳で亡くなる直前まで社会派の小説を書き続ける執念、すごいものです。
司馬遼太郎さんだって、晩年は小説を書かなくなってしまったのに。
先日読んだ、秘書の野上孝子さんの書かれた『山崎豊子先生の素顔』もとてもよかった。
盗作事件のこともそのまま書かれていて、始めてその詳細を知りました。
朝日新聞に大々的に報道され、
作家生命を追い込まれるほどの事態に陥ったのに、
取材を続け、ペンをとり、
後年さらに圧倒的な大作を世に送り出した。
山崎豊子さんの座右の銘は、ゲーテの言葉、
「努力する限り、人は迷うだろう」
だったそうです。
そうか、迷うことは、悪いことではないんだな。
迷いながら、失敗しながら、
あきらめずに努力して、上書きしていけばいいんです。
たくさんの取材ノートの山を見ながら、
勇気をもらったひとときでした。